第2話
ここは鬼ヶ島。
潮風がたゆたう砂浜に、俺――鬼丸はやってきていた。金棒を地面に突き立て、宿敵――桃太郎がやってくるのを今か今かと待ち構えている。
……が、来ない。
指定された時刻から優に一刻は過ぎている。まさか百戦錬磨の桃太郎が恐れを為して逃げ出すとは考えにくいが……だとすれば困るのは俺の方だ。
この果たし合いを受けてもらわねば、鬼ヶ島の開発計画を止める手立てがなくなってしまう。
今はただ待つしかない。
そうして更に一辰刻待たされた時。
水平線の奥からキラリと輝くものが見えた。輝きが徐々にこちらに近づき、その全容が明らかになったとき……俺は絶句した。
それは金ぴかに塗装されたボートだった。 船頭には白鳥を模した飾りがついており、中で乗っている奴がペダルを踏むのに連動して水面を進んでいる。あひるボートというやつだ。
唖然と見守る中、ようやく岸へとたどり着いたボートの中から現れたのはこれまた金ぴかの羽織と袴姿の青年だった。
二十代前後の整った顔立ちで、長い髪を紐で一纏めに束ねている。あれが巷で流行のポニーテールというやつか。
金ぴかの青年は、満面の笑顔で手を振りながらこちらに近づいてくる。額には桃のマークがあしらわれたハチマキ……まさか、まさかまさかこいつが……!?
「やあ! ぼく、桃太郎。待たせちゃってごっめーん☆ 今日はよろしくね、鬼丸くん♪」
軽薄な挨拶をする金ぴかを前に、俺はわなわなと肩を震わせ渾身の勢いでツッコむ。
「なんだそのふざけたノリ!? デートかよ!?」
「うーん……当たらずも遠からず?」
「遠いわ! 遙か彼方だわ! っていうか、なんだ派手な服! それじゃお前、桃太郎じゃなくて金太郎じゃねぇか!」
「やだなぁ。金太郎だと別の人になっちゃうじゃーん」
「ええい! 小突くなうっとうしい」
人差し指で「ほれほれ」と突っついてくるのを手で払いのける。
こ、こいつが桃太郎? 想像してたのと全然違うんだが。鬼を容赦なく切り捨ててきた剣豪の面影がまるでない。ただの金ぴかの服着たチャラ男じゃねーか。
「もしかして鬼丸っち……遅刻したから怒ってる?」
「鬼丸っちはやめろ! 遅刻とかどうでもよくなるくらいに、想像してたお前と実際のお前のギャップに混乱してるだけだ!」
「あー、恋文を交わしてた相手と実際に会ってみたらブサすぎて萎えたみたいな?」
「的確だが不本意な例えはやめろ! っていうか、わかってるのかお前! 今日、俺はお前と決闘をするためにここにきたんだぞ!」
いい加減にしろ、と俺が怒鳴りつけるや否や桃太郎から表情が消えた。本能的に俺は距離をとる。
なんだ、こいつ……急に気配が変わったぞ。
桃太郎は腰に下げていた刀に手を掛ける。
名もなき職人が打ったという名もなき名刀。だが鬼ヶ島で鬼という鬼を切り尽くしたことによって、名もなき刀には異名がつけられた。
『鬼切』。鬼を切るために打たれた最強の刀。
ごくりと生唾を飲み込み、俺は金棒を構える。
桃太郎が「わかってるさ」と言う。
「鬼もいなくなって平和になった。ぼくはみんなから賞賛され、金も地位も権力も手に入れた……だけど退屈だった」
金属音が鳴った。桃太郎が鯉口を切ったのだ。
「皮肉だよね。平和のために鬼退治をしてたはずなのに、いざ平和になったら鬼との戦いに明け暮れたあの頃に戻りたいと願ってる……そんな時だったよ、君からの果たし状が届いたのは」
鈍色の刀身が徐々に露わになっていく。いかに業物であるのか見せつけるようだった。これからお前を切る得物だと言い聞かせるようだった。
「久方ぶりの鬼との戦いに『鬼切』も興奮してるみたいだ。さあ、楽しもう! 極限まで命をすり減らして戦ったあの頃のように! いや、あの頃以上に!」
「……へっ、鬼退治の英雄がとんだ戦闘狂だったってわけか。だが勝つのは俺だ。いくぜ、桃太郎!」
「鬼丸っち!」
「それはやめろ」
そして戦いの火蓋は切って落とされる。
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