最下段のランドルト環

白い板に黒いマークをズラリと並べて測る

目で追うのにもひと苦労

今日の視力は0.05


白い板の上の黒いマークは何も意味を持たないのに

いつの間にか覚えてしまった

今日の視力は0.6


ガラスを通したほうがよく見えるだなんておかしな話だ

ガラスを通してでしか世界を見ようとしないなんておかしな僕だ

ガラスを通さず見ていた世界のことは、もう覚えていなかった


視力の低下が止まった二十歳

これ以上レンズが厚くなることはない

今日の視力は1.0


悲しみに暮れる彼女の髪の毛は本当に長いのだろうか

踊り続けていた少女は本当に悪い子だったのだろうか

醜態を晒しているのは湾曲した表面じゃないか


目の前の母が泣いている理由が見えなかった

あの日にかけた電話の先生が僕に頑張れというのが見えなかった

大丈夫だと言った僕の笑顔があの子に見えていたはずのに

あの子が笑ったのが見えなかったのは

レンズが真っ直ぐだったせいだ


白い板の中で随分と幅を利かせる黒いマークで量っている

君の話が聞きたいのだ

君のことが見えないから

視力はずっと2.0だ


白い板の中で窮屈そうに縮こまっている

最下段のランドルト環

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