第45話 第十章 姫肌の願い(3/3)

 典高が軽く姫肌の背中を押してやる。


「だから、姫肌が帰っても意味なんてないんだよ! 初代の願いだけが意味もなく続いちゃったってだけなんだって!」


 数秒の沈黙が包んだ。

 姫肌に届く陽射しの温もりを、そよ風が優しくかき混ぜた。




 姫肌の覚悟が決まる!


「あたしは、帰らないのです! 星渡りには乗らないのです!」




 心が引き締まっていく。

 姫肌は初めて1人で地面に立てたと思った。


 星渡りと融合しているアラボシにとっては想定外である。

「おいおい! どういうことだよ! せっかく、復活してやったのに! 乗らねぇだぁ?」


 黒い煙が慌ててる。姫肌は一刀両断!

「乗らないのです! 星渡りの命令を上書きするのです! ヒルヒ本星への移動は中止なのです! 雷神様と別れて、霊体の船体を元の状態に戻すのです!」


 悩める女子サッカー選手が、試合終了直前に華麗なシュートを決めたようだ。

 決めた喜びだけではない、姫肌の顔は、生まれて初めてなくらいにすっきりしていた。


 アラボシには受け入れられない。

「そんな命令、聞けるかよ! 俺様は、女どもが恥ずかしがる気持ちを味わいてーんだ! 他の星に行かねーんなら、この近くにいる女どもを片っ端から捕まえて、恥をかかせてやるぜ!」


 思い通りならなかったアラボシが、やけになっている。

「そんなことはやめるのです!」


「うるせーっ! 女狩りだー!」


 アラボシが宣言した。

 ボワンッ!


 柱みたいなアラボシの、いや、星渡り本体である黒い煙が、火山のように裾野を持った山型に一気に広がった。とは言っても、柱と変わらないくらいの急峻であり、柱のてっぺんの平らがそのまま残った噴火口を持ったような火山である。


 アラボシが宣言をして、意志が増大したみたいだった。


 風神だって黙ってない!

「アラボシ! 何をとち狂ってるっすか? 暴れたら上の神様が許さないっすよ!」


 その言葉にも余裕だった。

「ムリムリ! 実は、俺様はもう、神でもオチ神でもねーんだよっ! もう、俺様は、星渡りなんだ! ハナっから神界の管轄じゃねーんだよ! ハッハッハーッ の ハーッだ!」

 黒い煙がモヤモヤ動いて笑っている。


「なら、アタイが止めるっす! 土地神として、風神として、許せないっす! そんな煙の体なんて、吹き飛ばしてやるっす!」


 ビューーーーーーーーーーーーッ ビュ ビューーーーーーーーーーーーッ

 局地的台風だ!


 バリバリバリッ

 典高のYシャツが音を立てて震えてる! 立っていられない! 身を低くして、足を踏ん張らないと、体を持って行かれる!


 姫肌は柵の鎖につかまって耐えている!


 ガタガタ ジャラジャラ ビュンッ! ビュビュンッ! ヒュンッ!

 表参道の脇にある玉砂利が飛んだ!


 ヤバい! 危険だ!

「風神! やめて! 石が飛ぶよ! 危ないよ! ついでに、人間も飛んじゃうよ!」


 ビビューーーーッ スカッ

 風がピタリとやんだ。


「ごめんっす! でも、アラボシは煙なのに、全然飛ばなかったっす!」

 台風のみたいな風だったのに、煙は全く健在。何ともなっていない。

「なぜ飛ばないっすか?」


「当たり前だ! フキアゲのバーカ! 煙に見えても、俺様は霊体なんだよ! 風くらいで飛ぶかよ! よーしっ! 片っ端から女どもに恥をかかせてやるぞーーーーっ!」


「やめるのです! 星渡りは、そんなことはしないのです!」

 姫肌が立ちはだかる!


「今は俺様が星渡りを牛耳ってんだ! やりたい放題なんだよ! お前は恥らわねーから、捕まえてもしゃーねーけど、うるせーから一番に捕まえてやるよ!」


 ヌーッ

 黒い煙が姫肌の体を取り巻いた!


 スーッ

 持ち上げやがった!


「や、やめるのです!」

 姫肌は、手足を煙に絡めとられて、体が浮いていく!


 ビキニの体が持ち上がっていく!


 ダンッ!

 典高は地面を蹴った! 空中を走りながら手を伸ばす!


「くそっ!」

 間に合わない!

 僅かに見える足首にすら、典高の指先は触'《さわ》れなかった。


「高いのです! 降ろすのです!」

 姫肌は必死に抵抗する。なのに、煙につかまれた手や足は外せない。逆に手足は煙の中に取り込まれてしまい、ビキニの肉体が、どんどん高く上がっていった。


「ハハハハッ! バカなフキアゲが離れたから、楽に捕まえられたぞ!」

 風神が憑いていれば、刀すら跳ね返せたのだ。霊体だって触れなかったことだろう。


 姫肌は両手・両足を煙に突っ込んだ体勢で吊り上げられてしまった。


 逆に頭と胴体には、煙が毛ほどもまとわりついていない。全くと言っていいほどよく見える。


 さながら、西洋帆船の船首に取り付けられた像(フィギュアヘッド)のようだ。


 ビキニのダイナマイトボディを見せつけるかのように、星渡りの半分くらいの高さに掲げられた。


「は、恥ずかしいのです! う~ん!」

 ここは、境内である。姫肌には衣服エリアだった。


 姫肌が煙から逃れようと力を込めて手や足を揺する。もがくと、手足はウニュ・ウニュと動くが引き抜くまでには至らない。


「もがけ! もがけ! もがけば、もがくほど、高く上がっていくぞ! 降りれなくなるぞ! 怖いぞ!」


 教えるというのではなく、またバカにしているというほどでもなく、勝者の余裕で忠告しているって感じだ。


 少しずつ姫肌の位置が高くなっていく。姫肌も気付いた。

「もがいてはダメなのです! 手足を抜くのは、諦めるのです!」

 姫肌はもがくのをやめた。


 ビューーーーーーッ!

 風神が宙に飛んでいた!


 一直線に姫肌のもとへ行き、煙に没していない二の腕をつかんで引っ張る!

「うーん!」

 引き抜こうとするが、少し動くだけで、ちっとも煙から引き出せない。


「無駄! 無駄! そんなチンケな体から出せる力なんて、俺様には通用しねーよ! あっちへ行ってろ!」


「風も、力も、効かないっす! アタイは無力っす」

 ススス

 風神が地上へ降りてきた。


 典高も何もできないでいた。姫肌は手が届かないくらいに高い場所、黒い煙は霊体だから、つかみどころがない。


「兄様! 捕らわれて分かったのです! 煙の星渡りはコアが持つエネルギーで動いているのです。コアの回路を停止させるのです!」


「妹石さん! コアって何?」

 典高が言う姫肌の呼び方は、元に戻ってしまっている。


「星渡りのコアなのです! 本来の制御回路なのです! ……キャッ! クククッ!」

 姫肌の腕が軽くひねられた! ように見えた。


「乱暴はやめろ!」

 典高は口でしか対抗できない!


「乱暴じゃねーって! 脇をちょっと、くすぐっただけだ」

 典高はホッとする。


「兄様! コアは……」


 そこへアラボシ!

「えーーーーい! うるせーぞ! 余計な情報をしゃべるんじゃねー! 眠ってなっ!」


 いきなり、姫肌は眠そうな顔!


「ふわーーーーっ なのです。突発的に眠いのです。コアは……星渡りの……えーとな……の……で……」


 グウ


 典高肝心なところを伝えられないまま、姫肌は優しい寝顔になって、力なくこうべを垂れてしまった。


【2712文字】

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