第44話【超肝回】第十章 姫肌の願い(2/3)
何かの願いが叶う直前、人は不安に陥ることがある。そんな姫肌の顔が、典高へと視線を向けた。
「兄様も一緒なのです! マサムネ兄様と一緒に帰るのも、母様の願いだったのです!」
姫肌は典高を不安に巻き込んだ。
典高の心は、モヤモヤしてならない。考える。
姫肌は先祖の故郷である異星人の星へ帰ろうとしている。しかも自分をマサムネとして連れて行こうとしている。
まあ、典高はマサムネじゃないし、典高本人もよその星なんて興味がないし、行くなんてことは有るわけがなかった。
でも、姫肌は1人でも行くかも知れない。このまま行かせていいのだろうか?
周囲の思いはどうだろう?
典高の母親は、まあ、いいとして、父親は悲しむだろう。
それに、クラスメイトたちも、その多くが行って欲しくないだろう、えっと、特に、鼻血を出しながらも快く接していた男子たちは……。
街の人たちだって、ビキニ姿で街を歩く姫肌を受け入れていた。神社の巫女以上に親しみを持っていると感じていた。
そして、典高自身も行かせたくない。
一緒に登下校して邪気を捕獲したり、1つの食卓を囲んだり、一緒にテレビを見て笑ったり、一緒にテレビゲームをやったり、一緒に勉強したり宿題をしたり、一緒に寝たり、一緒に風呂に入ったり、……。
おいおい、一緒に寝るのと、一緒に風呂は事故で、それぞれ1回だけだ!
と、とにかく、ずっと妹と思って暮らしてきたのだ、実のところは妹じゃないみたいだけど……、とにかく、一緒の生活が楽しかったのだ。
姫肌がいない日々なんて考えられない!
別れたくないよ。
典高は改めて姫肌を見る。
眉毛が寂しそうな八の字、困っている形だ。額に汗も光っているし、頬もいつもより紅潮している。たまらなく不安そうだ。
しかも、母親の悲願とか、本人にとっては最優先みたいに言っていたのに、巻き込むようにして典高を誘ってくる。大切な母親の願いを、1人では叶える自信がないように思えた。
姫肌は迷っている。
そう思うと、典高のモヤモヤは消えていき、自身の方針が固まった。
姫肌の迷いを払拭してやれば、故郷に帰るなんて、やめるだろう。それなら、まず、典高が行かない意思を示し、姫肌自身が母親の帰りたい想いと向き合えるようにすればいい。
典高は方針を実行する。
「俺は、マサムネじゃないし、よその星なんて行かないよ! それに、俺にとっては、帰るんじゃないよ。知らない星へ行くってことだよ。
俺は知らない星なんて興味がないし、行きたくないよ!
妹石さんだって、本当に行きたいの?」
姫肌は自分の不安を埋めるために、典高に同行・同意を求めたのだ。行かないと言う典高に動揺してしまう。
「兄様はマサムネ兄様と同じだから一緒に帰るのです! それが、母様の願いなのです! ずっと、母様が言っていた願いなのです」
亡き母にすがった。それは、死んだ人の願いである。
「でも、妹石さんの母親は、もういないじゃないか!」
「いなくても願いは受け継がれているのです。あたしが帰れば母様の願いが叶うのです!」
姫肌は自分に言い聞かせているのかよう。かわいそうなくらいだ。
母に頼るばかりの姫肌、細い糸にすがる姫肌、一人ぼっちになったかのようだ。
一人ぼっち……、姫肌は1人地球に残った異星人である。いや正確には、その異星人と同じDNAを持った個体である。
だから1人じゃない、500年続く代々の巫女が、同じDNAを持った先祖たちがいた。
そう思ったところで、ふと、典高は気付いた。
「お母さんの願いって、さらにそのお母さんで、お婆さんの願いなんだろう? そんな風に、代々と続く願いなんだろう? それって、本当にお母さんの願いなの?」
「母様の願いは、元々は初代マナヒメ様の願い……と、聞いているのです」
――ここで、
「そりゃ、初代は帰りたかっただろうさ! 自分の故郷へ! でも、姫肌! 君は初代じゃない! その星は故郷じゃないんだよ!」
典高は思い余って、姫肌と呼び捨ててしまう。そのくらいに気持ちを込めた。
姫肌は初代じゃないと言われ、後ずさりするくらいにショック。
「で、でもなのです。母様も願ったことなのです」
姫肌にはこれしかなかった。
典高は姫肌の母親になって考えてみる。
代々続く願いを自分の娘が果たす。そう、自分では願いを叶えられなかったんだ。
悔しかったのだろうか?
その時、典高は真実に触れた気がした。
「なあ、姫肌の母さんは、姫肌に願いを託せて、ホッとしてたんじゃないの? 自分がその星へ行くより、娘に願いを託せて嬉しかったんじゃないの?」
「母様が、わたしに願いを託せて嬉しかった……なのですか?」
妹石姫肌は母親の死に際に聞いた言葉を思い出した。
「私の寿命はもうすぐ尽きるけど、故郷のヒルヒ本星へ帰るという願いを、姫肌に受け継いでもらえて良かったわ。娘が生まれて、大きくなって、お母様、いいえ、姫肌のお祖母様の願いを、娘の姫肌に託せて、
とっても嬉しいの。
心置きなく寿命を迎えられそうよ」
母親は、姫肌の祖母からの願いを託せて嬉しいと言っていたのだ。
もしかしたら、母親自身が祖母の願いを直接叶えるより、姫肌に願いを託した方が嬉しいと、言ったのではないだろうか?
神社にある写真たちが、姫肌の心に翻ってきて、姫肌の周りをくるくると回る。
母も祖母も曾祖母も曾曾祖母も、その前の祖母たちも、そして、もしかしたら、地球へ来た2代目の祖母から、初代マナヒメの願いを叶えるよりも、次の娘に願いを託す方が、嬉しいと思っていたのではないのか?
そんな疑問が、姫肌の中で渦巻いてくる。
合わせ鏡に映る自分の横顔。
単為生殖で受け継がれた顔が過去へと続いている。一番遠くに見えた顔だけが、ニッと怪しく笑った気がした。
ゾクッ!
姫肌の背筋に寒気が走った。
もはや、故郷に帰るなんて願いは、誰の願いでもない! そんな状況に、なっているのではないか?
誰も住まない空き家を、理由も分からないまま、ただ受け継いでいたのではないか?
典高には、姫肌の顔が不安で押し潰されそうに見えた。
ここで話しかけないと、変なループに入り込んでしまうと、感づいた。
典高は、本質的なことを姫肌に問いかける。
「なあ、姫肌は、その星へ帰って、いったい何をしたいの?」
「えっ?」
ガラガラ ガラガラ
姫肌の想いが一気に壊れた!
先祖代々、累々と築き上げた強固な城が、石垣が、山崩れように倒壊していく!
「か、帰ったあと! 故郷に帰ったあとなんて、考えたことなかったのです!」
姫肌はガクンと膝を地につけた。見えない不安に向かって問いかける。
「母様! 姫肌は故郷で何をすればいいのでしょう? 誰かが待っているのですか? 何か使命があるのですか? ……ああ、もう答えはないのです……」
ワナワナと震えながら、地面に座り込んでしまった。
母親に一度も聞かなかったことだった。きっと母親も、その母親も聞かなかったことだろう。
姫肌は未来に自分の姿を見つけられない。震えるばかりだ。
典高が軽く姫肌の背中を押してやる。
「だから、姫肌が帰っても意味なんてないんだよ! 初代の願いだけが意味もなく続いちゃったってだけなんだって!」
数秒の沈黙が包んだ。
姫肌が感じる陽射しの温もりを、そよ風が優しくかき混ぜていった。
姫肌の覚悟が決まる!
「あたしは、帰らないのです! 星渡りには乗らないのです!」
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