第41話 第九章 星渡り(4/5)

 DNA検査なんて、典高には記憶がない。


「検査なんて知らないよ!」

「憶えてないのですか? 初めて会った日、あたしが兄様の指を咥えたのを」


 ハッと、思い出す! 確かに指を舐められた!


「お、憶えているよ。それが検査だったの?」

「あたしには仲間を見分ける力があると教えたのです。体のどこかを舐めると、DNA鑑定に似た検査ができるのです」


 姫肌は典高に会ってすぐに、マサムネの子孫であり、92パーセント以上のDNAが同一であると認識していたのだ。


「マジかよ。でも、母さんは80パーセント、父さんは70パーセントだろう? どうして俺が92パーセントに上がるんだよ」


「血は稀に濃くなることがあるのです。きっと、あたしのために、……違うのです。邪気が全て集まりそうだから、兄様のお父様やお母様、いいえ、もっと前の代から運命的に血が濃くなっていたのです!」


 運命とか言い出した。

 姫肌がすがれるものは、運命くらいしかないのだ。


 典高よりもずっと前の代から、血が濃くなるような、人の手が及ばない何らかの作用が、働いていたのかも知れない。


 それに気付いた典高は、それらの数字に大きな差はないと感じてきた。数字は姫肌の願望なのだと思った。



 マサムネの肉体にいくら近かろうが、自分は自分なのである。



「分かったよ。何パーセントでもいいって。俺は俺だから、100パー俺だから!」



 それは絶対に変わらないのだ。


「兄様は兄様で構わないのです。92パーセント以上だから、調整キーを使えるのです。宝剣を持ち出しても気絶などしないのです」


 調整キーの使用は、典高の心構えよりも、姫肌には必要だった。

「まあ、気絶したら、その時はその時だ」

 典高は宝剣の柄を片手で持ち上げてみた。


「お、め! いったい何キロあんの?」


 姫肌は哀れむような、さげすむような、頼りない兄を見る眼差し。


「兄様は案外だらしないのです。重さなんて測ったことないのです。父様は、そんな弱音、1つも言わなかったのです!」


「父さんもこの宝剣を持ったの?」

 ヒョロっとした姿を思い出す。


「父様は宮司なのです。必要な時には持つのです。掃除の時とか……なのです」

「父さんがここを掃除してるの?」


「神職は父様1人なのです。何でもするのです」

 大きな神社といっても、家族運営なのだ。


「大変なんだな。まあ、それはどうでもいいや! 重いけど、がんばって持って行くよ」


 ナマクラじゃなさそうだ。鋭い切っ先が危険に見えた。

 宝剣の柄を両手でしっかりとつかみ、足の力も利用して腰から持ち上げた。


 マジで重い。

 でも、歩けないほどじゃない。構えるような持ち方で、ヨタヨタと歩いて拝殿から出た。


 気絶等、身体の変化は何もなかった。



 何度か持ち替えた。垂直にバランスをとりながらが一番楽だった。ヒーヒー言いながらも、雷神石の前まで戻ってきた。



 典高は限界に近い。宝剣を持ったまま、姫肌がする邪気の封印を待ちたくなかった。

「ねー、この宝剣は重いから地面に置いていい?」


「その剣は兄様の剣なのです。兄様が好きにして構わないのです」

 典高は安心して、地面に置いた。


 邪気を封印する雷神石は、錆びた岩のうように見える。実体は、くず鉄がたくさんついた一抱えほどもある大きな磁石なのだ。


 そして、雷神石は地面から浮いているのだが、僅かなのでほとんど気付かれない。

 神社らしい不思議な物体であった。


 その雷神石を前にして姫肌が、少々神妙な面持ちで典高を見た。

「兄様、これから最後の邪気を封印するのです。きっとすぐに封印は解かれて星渡りが出てくるのです」


「出てくるって、どこから?」

「それはあたしも知らないのです。出てくるとしか伝わっていないのです。兄様は、その星渡りにその調整キーを突き立てて、星渡りが元に戻るように考えるのです。すると、たぶん雷神様が分離するのです」


 知らないことだらけのようである。初めてのことであるし、500年前の先祖が伝えたことなのだ。あやふやは仕方なかった。そうは言っても、典高には期待に応えられそうもない部分があった。


「元の姿なんて知らないから、考えられないよ!」

 少しの間、姫肌は考えた。


「それなら、『星渡り』と何度も唱え続けてみるのです」

 これ以上聞いても無駄と、典高は気付いた。


「分かった、やれるように、やってみるよ」

「お願いするのです。――それでは最後の邪気を封印するのです!」



 姫肌は雷神石に向き直り、これまで通り両手を上げたり広げたりする。



 ポンッ

 邪気が出てきた。と思ったら、すぐさま雷神石へ投げつける。


「エイッ!」

 いつもながらに、見事な女投げ!


 ヒュー ペタンッ!


 例え届かなくても、ノーコンでも、引き寄せられるように、邪気は雷神石に当たり、吸い込まれるように消えてしまう。


 いったい、どんな宇宙船が出てくるのだろうか?


 すると、雷神石がある地面辺りから、モヤモヤとした黒い煙が湧いて出て、石の周りに10センチくらいの層を作るように垂れ込めた。


「け、煙だ! 星渡りの排ガス?」

「違うのです! この煙自体が星渡りなのです。さあ、兄様! 星渡りにその調整キーを突き立てるのです!」


 黒い煙が星渡り?

「星渡りって、船じゃないの?」


 姫肌には驚いた様子はない。

「母様からは、煙の船と聞いているのです」


「マジかよ! じゃあ、柵の中に入るぞ」

 その黒い煙は、雷神石の周りに溜まっているのだ。


「お願いするのです」

 典高は調整キーである宝剣を持ち、柵の中に入って、宝剣を突き立てる。


 ザクッ!

 とは言っても煙なので地面に突き立て、星渡りと何度も心の中で唱えた。


 ほんの数秒。

 ボワーーーーッ!

 一気に煙が膨張! その体積が増えた。


 立ち込めていた広さはそのままに、煙はほぼ垂直に立ち昇っていく。

 典高の背丈なんて軽く越え、まるで、煙の大木って感じだ。


 宝剣も雷神石も、典高の両腕も煙の中だ。宝剣はともかく、自分の腕が黒煙の中なんて気味が悪い。典高は慌てて引き抜き、煙の横から刺すように持ち、さらに唱えた。


 見上げると、黒煙は電柱以上に高い。ただ、本来の煙のように、どんどんと立ち昇っていく感じじゃなかった。


 神社の入口にある大鳥居の高さくらいで、上昇は止まってしまったように見える。そんな高さがある黒煙の大木、というか、幹だけの円柱って感じだ。


「ねー、この煙が星渡りなの? 雷神が中にいるの?」

 姫肌は眉を細める。


「星渡りの船体は煙みたいに見える霊体と聞いているのです。だから、その黒い煙が星渡りで合っていると思うのです」


 霊体?


 霊体に乗って宇宙を飛べるのだろうか? と思う典高だったが、優先順位があった。


「ねー、この宝剣重いんだけど、降ろしてもいい?」

 調整キーである宝剣は重かった。


「調整の終わりは星渡りのコアが判断するのですが、調整キーは高く持っている必要はないと思うのです。星渡りに触っていればいいはずなのです」

「それを早く言ってよ」


 調整キーは宝剣である。典高は星渡りに触るくらいの地面に、宝剣の先を斜めに突き刺した。


 楽になった。


【2738文字】

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