第39話 第九章 星渡り(2/5)

「違うのです。本当にあたしには実の父親はいないのです。

 兄様、よく聞くのです。


 あたしは、父様を必要とせずに生まれたのです。


 だから、どの男性の血も受け継いでいないのです」


 姫肌はビキニの体を見せる以上に、自分自身をさらけ出したかのように、恥らう視線を典高から外した。



 男の血を受け継いでいない? 父親がいないまま子供が授かるなんて信じられない!


「そんな訳あるかよ! 子供というのは、男と女が、あの、その、あーして、こーして、そうなった結果、生まれるんだぞ!」


 女子相手に言いにくかったが、ここで言わずに、どこで言う! そんな勢いで典高は言ってのけた!


 姫肌は遠くを見るような目をして切り出した。

「微生物なので、例えたくないのですが、ミジンコがやっているのと、似たような命のつなぎ方なのです」


 ミジンコ?

 いきなり、突飛な生き物が出てきた。関係性が見えない。そうなのではあるが、典高はミジンコを知っていた。


「ミジンコって、理科の教科書に載ってたから分かるけど、……そうだな、それとは別に、俺が小学校の時、飼ってたやつがいたっけ」

 旧居に近い、薬屋の長男が飼っていた。


「兄様は、その人からミジンコのメスについて、何か聞きませんでしたか?」

 ミジンコのメス? 典高にはピンときた。


「ああ、憶えがあるよ。冬眠前を除けば、ミジンコはメスばっかりと言ってた、何だっけな、何とか……生殖って言う、親と同じDNAの子供を産んで増えるとか……? 同じDNA? もしかして、それか?」


 姫肌は、クイズの難問に正解を掲げた回答者に、感心したような笑みを返した。

「兄様は知識があるのです。兄様の言う何とか生殖とは、『単為生殖』と言うモノなのです。あたしは、その単為生殖で生まれたのです。母様と全く同じDNAを受け継いでいるのです」


 そう言うと、姫肌は恥ずかしそうにうつむいた。重大な秘密である。典高は信じられない。


「ミジンコは体が単純な構造だから、その、単為生殖、というのができるんじゃないの? 人間はミジンコじゃないんだ。同じDNAの子供なんて産めないよ!」


「地球人なら、そうなのです」


「はあ?」

 またまた飛躍している。

「地球人なら、とか、妹石さんだって、地球人じゃ……」


「あたしは地球人ではないのです!」


 姫肌の声が、典高の言葉を蹴散らした!


「あたしは、ずっと以前に、遠い星から地球に来た異星人なのです」


 ジャジャジャ、ジャーーーーーーーーーーンッ!


 特別な効果音とともに、理解不能な理由が飛び出した!


「何、バカなことを言ってんだよ! そんなの中二病じゃん!」


「兄様はあたしの母様、婆様、曾婆様、曾曾婆様の写真を見て、そっくりと言ったのです。肉体が同じDNAだとすれば、理解できるはずなのです」

 開き直ったかのように、姫肌は言葉を繰り出してくる。


「そりゃ、同じDNAなら同じ顔になるのは分かるけど……」

 信じられる訳がない。


「あたしは約500年前にこの星、地球に来た時の肉体を再現した個体なのです。その古い記憶を口伝えで受け継いできたのです」


 500年前だって? 全く中二病の域を脱しないが、写真の人物が本物なら、その説明になっている。でも、典高は簡単に信じたくない。


「全然地球人と変わらないじゃないか! どこが、異星人なんだよ!」


「見た目は地球人と同じなのです。違いは、単為生殖で命をつなぐ力があるのと、仲間を見分ける力と、その仲間に少しパワーを与える力があるくらいなのです。なので残念ながら、何代も同じ顔という以外に、証明する方法はないのです」


 単為生殖といっても、先祖だから似てると言えるから、決定的な証拠にはならない。なら、仲間を見分ける能力はどうだろか?


「今、その仲間はどこにいるの?」

「単為生殖ができたのはあたしだけなのです。い、一緒に来た人は、し、死んでしまったのです……」


 悲しそうだ。でも、500年前なんだから、普通に生きているはずがない。姫肌も代替わりしているんだ。


 それなら、仲間を見分ける能力なんて、全然使えないってことだ。でも、仲間はいたのである。


 仲間?

 何をするために、地球に来たのだろうか? 典高には重要なことのように思えてきた。


「じゃあ、妹石さんたちは、何のために、この地球に来たの? もしかして、地球侵略?」

 異星人といえば、それが王道である。


「兄様も、そんな下世話なことを考えているのです。地球人は異星人と言えば、すぐに侵略と言うのです。バカなのです!」

 笑い飛ばされた。


「なら、何のために来たの?」

「名目上は観光なのです。本物の鳥居を見たかったのです」


 鳥居を見るだけの観光? 他の星から?


 宇宙を旅するなんて大変なはず、費用だってかかるだろう。それなのに鳥居を見るだけの理由で地球に来るのだろうか?


「鳥居を見る。そんなことのために、わざわざ地球に来たの?」

「そんなこととは何なんです! 本物の鳥居は、この星の限られた地域にしかないのです!」

 目を吊り上げて、スゲーマジになっている。典高はズリズリと半歩下がった。


「そ、そりゃ、そうかも知れないけど、鳥居なんて単純な形なんだから、適当にレプリカとか造って、眺めていればいいんじゃないの?」


「適当なんて、とんでもないのです!

 あの堂々と足を広げた2本のはしら、つんと反り上がった笠木かさぎに、それを健気に支える島木しまぎ、両手を広げるようなぬきに、存在感が著しい額束がくつか、そして、可愛らしく柱を支える亀腹かめはら、それに、鋭く貫をサポートするくさびだって忘れてはいけないのです!

 とにかく、鳥居はどこを取っても立派でカッコいいのです! と、マサムネ兄様が言っていたのです!」


 悦に浸るほどの大演説に典高は圧倒されてしまった。姫肌も力が入り過ぎてビキニがずれたほどだ。


 典高には、専門用語なんて何がないやら分からなかったし、分からなくてもいいと思うくらいに、姫肌の鳥居への想いが心に響いた。


 だが最後に、なにがし的な兄が言っていたと、姫肌は締めくくった。もちろん、その兄とは典高ではないのは明らかである。


「えっと、鳥居への想いは分かったけど、それって、誰が言っていたって言ったの? 名前を聞きそびれちゃったんだ。もう一度聞かせてよ」


 姫肌はビキニの姿勢を正した。大演説をしたために、だらしなくずれて、露出度が上がっていた胸やお尻の肉に、正しくビキニの布を被せた。


 ちょっとエロかったが、姫肌がまとった空気を読んで、典高はコメントをけた。


 姫肌は、これまでになく改まっている。


「マサムネ兄様なのです」


 忘れられないほどに、暖かい笑みだった。


【2640文字】

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