第36話 第八章 最後の1体(7/8)

 恨めしそうな邪気の目が、典高には不気味でたまらなかった。


「そんなに驚くのではないのだ! そいつはママが捕まえた仕事の成果なのだ!」

 母親は典高の所へ来ると、その瓶を抱えるようにして奪った!


 最後の邪気を前にして、姫肌が黙っているはずがない。

「お母様! それは邪気なのです! あたしが捕獲・封印するのです! 巫女代々の使命なのです!」

 母親にすがろうとする。


 母親は軽い身のこなしで楽々とかわした。

「封印なんぞさせんのだ! 封印されたら、その邪気がいなくなってしまうのだ! 仕事の成果がなくなってしまったら、ママが困るのだ!」


 瓶を抱きしめてる。コートを着た子供が大きな瓶を抱きしめているように見える。親ながらかわいい。


 でも、壁をも抜ける邪気が大人しく瓶に入っていて不思議に思えた。

「母さん! どうやって邪気を閉じ込めたの?」


「秘密なのだ! と言いたいところなのだが、典ちゃんには教えてあげるのだ。瓶を見るのだ! 色なのだ!」


 抱きしめていた瓶を軽く太陽にかざす。

「ん? よく見ると、全くの透明じゃないぞ! 薄く緑がかってる?」

 始めから色がついたガラスに見えた。しかし、違う。


「瓶の内側にはヒスイの粉が塗ってあるのだ。ヒスイはじゃを退ける力があるのだ。邪気もヒスイが嫌いなのだ! 嫌いなものに囲まれて、出るに出れないのだ! 磁力も霊体に影響を及ぼすから、始めは磁石の檻も考えたのだ。でも、場合によっては抜けられるから、ヒスイにしたのだ」


 磁力と霊体は関わりがあるようだ。それで、磁石の雷神石に邪気が封じられるのかと、典高は小さく納得した。


 にしても、ヒスイの瓶に閉じ込めるにしても、どうやって捕獲したのだろうか?


「分かった! だから、母さんは裸だったのか! 自分の裸を囮にして、邪気を引き寄せて捕まえたんだろう!」


 典高は自分で言い出しておいて、ヤバい! と気付いた。

 母親の姿を思い出したのだ。鼻から出血してしまいそうだ。我慢を心掛けて、足元の草を見て気をそらした。


「違うのだ! 厳密には裸ではないのだ! 警察を呼ばれると面倒なのだ。だから、ちょっと貼ったのだ」

 絆創膏のことを言っている。


「あれじゃあ、役に立たないよ! あんなだったら、通報されれば、警察が来るよ!」

 警察が許してくれるとは思えない。


「だから、見つかりにくい、森に囲まれた空き地を選んだのだ! そこの巫女より早く邪気を捕らえたかったのだ! なので巫女より、もっと肌を晒す必要があったのだ! 捕まえたそれは研究材料にするのだ!」


 どうやら、姫肌のビキニに対抗して絆創膏を貼ったようだ。そして、研究とかカッコいいことを言っている。


「研究? 母さんが邪気を研究するの?」

 母親は真面目な大人の顔を見せる。


「本当は秘密なのだ。でも、捕らえた邪気を見られたから教えるのだ。邪気の発生メカニズムを突き止めて、発生元を絶つのがママの仕事なのだ。邪気が湧かない街にするのがママの目的なのだ! これは、崇高な仕事なのだ!」

 最後はエッヘンと得意げな顔になった。


「その手伝いを、俺にやらせようとしてたのか……」

 姫肌と同じだったようだ。


「典ちゃんは、あの男とは違って、十分使い物になるのだ」

 あの男とは、父親のことである。もともとは父親が手伝うはずだった。


 やはり、母親は知らないようだ。邪気とはバラバラになった雷神であり、瓶の中にいる邪気が最後の1体であることを。


「でも、もう、必要ないよ。母さんの仕事は」

「そんなことはないなのだ!」

 母親が引っ越してまで、取り組んでいる仕事である。真剣に否定した。


 姫肌はなんか、母親がいたたまれない。

「お母様、邪気はそれで最後なのです。もう邪気はこの街に出ないのです」

 一番の当事者である姫肌が、邪気の終息を優しく教えた。


「そんなことは分からないのだ!」

 室町時代から邪気はこの街に沸いていた。いきなり終わりと言われても信じられない。


「お母様には悪いですが、これ以上邪気は出ないのです。裸になっても邪気は集まらないのです」


「500年前から続いていたのだ。簡単に途切れるはずがないのだ! きっとまだいるのだ! もっと捕まえるのだ!」

 仕事を続ける意味が無くなるのを恐れているようだ。


「それなら、母さん。まだ邪気が出るんなら、その邪気に期待して、今持ってる邪気を妹石さんに渡してよ」


「それとこれとは違うのだ! この邪気はママがやっと捕まえた1匹なのだ! これはママの成果なのだ! 仕事をした証拠なのだ! 証拠を見せつけて、上司の小言を防ぐのだ! 渡さないのだ!」


 上司が母親の原動力になっているようだ。なので、母親は奪われまいと、邪気の瓶を隠すように抱きしめた。


「でも、なぜなのだ! なぜ、これが最後と分かるのだ!」


 典高は答えていいものかと迷い、アイコンタクトで姫肌に了解を求めた。姫肌は自分で言うと頷いた。


「封印している雷神石が、もうすぐいっぱいになるからなのです。邪気はそれ以上封印できないのです」

 思い切ったようだ。


「どうして封印する石がいっぱいだと、終わりになるのだ!」


「邪気は雷神様の成れの果てなのです! そして、邪気を封印している雷神石は雷神様のご神体なのです。元々あったご神体に封印しているのです。封印量と元の大きさを比べると、邪気はあと1体分と分かるのです。瓶の邪気がその1体分なのです。だから、最後の1体なのです。さあ、お母様! 邪気をあたしに渡すのです!」

 姫肌が瓶に手を伸ばす。


「これはママの物なのだ!」

 渡してはなるものかと、母親は抱きしめる圧力を強めた!


 ピキッ! パリンッ!

 割れた!


 縦向きのヒビが瓶に入ったと思ったら、左右が縦にずれるように割れてしまった。


【2278文字】

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