第32話 第八章 最後の1体(3/8)

 典高と姫肌は商店街を北上して、表参道の入口にある銀ピカの大鳥居まで帰ってきた。


 大鳥居の前には商店街から続く表参道と十字路をなす道路がある。神社の四角い敷地をぐるっと取り囲む外周道路である。



 邪気は南東側なので、その十字路を右、東へ曲がって、2人は外周道路を歩く。

 センターラインはあるが、やや狭い道である。他に人も車もいなかった。


 左側は神社の森、右側は商店街の後ろに広がる住宅地であったが、しばらく行くと、右側も森となり、森に囲まれた道となった。


 やがて、道は直角っぽく左にカーブする。ここが神社の南東端、と言いたいところだが、外周道路は正方形ではないので、ここが求める南東よりも少し南の端である。


 典高は始めから、ここを目標として歩いてきたのだ。


 外周道路の右側も左側も、森なのであるが、春の芽吹きに枝が密集し、まるで藪だった。


 沸き立つような藪が、生垣のようにぎっしりと、侵入者を拒むようにそそり立っている。

 藪の枝々は外周道路の上空をも侵略し、さながら緑のトンネルと化していた。


「妹石さん、この辺りが神社の南東側辺りだけど、邪気を感じる?」

「感じないのです。でも、邪気は外側の森という感覚はあるのです。そっち側にザワザワを感じるのです」


 軽く組んだ両腕が一つ震えた。ブルッとビキニの胸が揺れて、典高には悩ましい。


「ま、まあ、邪気はめったに境内には入って来ないわけだし、外側の森を探そう。でもさ! 妹石さんが、森に踏み込んだら傷だらけだよ!」


 木の枝が密集して茂る藪の森である。ビキニのまま入ったら、引っかき傷だらけになるだろう。


「大丈夫なのです。例え枝が触っても、肌に傷は付かないのです。あたしの肌は守られているのです」

 力強いポーズをして、力んだ笑みを見せた。


「守られるって、枝に引っかかれても大丈夫なの?」

「枝どころか、刀で切りつけられても、傷一つ、つかないのです」


「刀? いつの時代だよ!」

「何代も前のお婆様の時代なのです。夜盗の刀を何本も吹っ飛ばしたのです!」


 姫肌は忍者が敵の刀を吹っ飛ばしたようなポーズ、片膝をつき両腕をそろえて斜め上方45度にピンと伸ばして見せた。カッコいい一瞬を都合よく切り取っていた。


「吹っ飛ばす? 切られないどころか、刀を跳ね返したの?」

「そんなところなのです。あたしの中にいる神様は風神様なのです。局所的な風で吹き飛ばすのです」


「風で刀を防いだのか」

 典高は小さく納得した。体に傷は付かない……あれ? 傷でないのは? 典高は思い出した。


「なら、初めて会った時、背中に俺の血がついたのは、どうしてなんだ? 風が守らなかったの?」


 登校初日、教室で姫肌に抱きつかれて出た鼻血が、背中についたことである。


「その時については、風神様が面白そうだったから、とおっしゃっていたのです」

 神様も面白がるようだ。


「なんだよ。それ」

 典高は、緑の天井を見上げつつも、風神に人間味を感じていた。


「とにかく、なのです。刀すら、あたしの体を傷つけることはできないのです! 木の枝なんて論外なのです」


 うんうんと、うなずいて自信満々だ。

「なら、問題ないな。森に入ってみよう」


 とは言え、闇雲に藪の森に踏み込んでも、茂る枝に阻まれ歩行困難に陥ってしまう。


 いくら藪とはいえ、住宅地の近くにあるのだから、誰かしら入り込んでいると、典高は踏んでいた。


 探してみると、案の定、入れそうな入口を見つけた。芽吹いたばかりの枝々の間に、ぽっかりと口を開けていた。


 その入口は大人の背丈よりも少し低いが、子供なら余裕で入れる高さである。近所の子供らが遊んでいるのだろう。


「ここから入ってみよう。妹石さん、ついて来て」

「妹は、兄様について行くのです」


 少々身をかがめながら、藪に入った。しかし、藪と言っても中は入口ほど茂っていない。途中から立って歩ける道となった。ただ、クモの巣はあるので、拾った枝ではらいながら進んだ。


 心細いが踏み跡もあって歩く助けになった。


 藪道を歩いていると、典高は不安になってくる。邪気はスケベである。こんなに自然がいっぱいな場所に、スケベな邪気を引きつけるものがあるのだろうか?


 空振りに終わりそうな気分になったが、そこへ閃きの光が差し込んだ。


 あるかも知れない!

 邪気を引きつける物があるかも知れない!


 不法投棄されたご満悦本が、そのまま残っている可能性がある。


 不要になったご満悦本の処分はなかなかに難しい。ゴミ置き場に出すには、鋭い近所の目が怖い。廃品回収業者に頼むならば、業者と対面するリスクがある。


 こっそりと焼却もできない事情があれば、人目につかない川原や森などに置いてくるやつもいるのだ。

 典高は過去に多魔川たまがわの川原で見つけた経験があり、ドッキリしたものだった。



 ただ、そんな本に邪気が寄ってくるかが不明だった。悶々とした生気が本に残っていたら、可能性があるかも知れないと、典高は僅かな期待にすがった。


 姫肌はご満悦本なんて、きっと見たことがないだろう。見つけた時のリアクションや対処法も、あらかじめ考えていた方がいいと、典高は思った。




 パッと視界が開けた!

 草原くさはらに出たのだ。


 その草原は、森に囲まれて閉塞感があるものの、バスケコートが2つ並ぶより少し広い面積を持ち、ポッカリと高い青空に太陽を見せいてた。生えている草は、まだ春のためか、全体的に背が低い。ただ、所々に背の高い草もあった。

 だが、草原の特徴は、そんなところにはないのである。


 真ん中に建築物があるのだ。


 ワンボックスカーくらいの大きさがあり、バラックのような、掘っ立て小屋のような、粗末な建物があるのだ。草たちと一緒に、春の日差し浴びて暖かそうに見えていた。


 典高は直感する。

 秘密基地だ!




 ――秘密基地。子供、特に男子が作る遊びの拠点である。形態や規模は千差万別、背の高い草むらの真ん中を踏み固めて、残った草を壁のようにしただけのものから、廃材で囲んだ壁だけのもの、波板などをその壁の上に被せて屋根にしたもの、中には廃屋を利用したものさえあるのだ。




 目の前にある秘密基地は、廃屋ほどしっかりしていないが、壁と屋根があるタイプのようだ。廃材をふんだんに使っており、子供の目線からは豪華に見えることだろう。


 見ようによっては、路上で寝泊りしている人の住まいにも見えるが、それは違うようである。生活感がないのだ。


 人が住んでいれば、ゴミなど不要なものが出る。そんな物は中に置かず、外に置きたくなるものだ。こんな森の中なら、人目を気にしないから、なおさらそうだろう。


 だが、そんな不要物は、この秘密基地の外には見当たらない。


 そして、周りの草むらもあまり踏まれてないので、典高には、常に人がいるイメージが湧かなかった。


 この秘密基地と邪気が結びつくだろうか? ご満悦本の隠し場所と、典高の思考がめぐってくる。


「兄様! この小さい建物は何なのですか?」

 姫肌は異界に踏み込んだくらいに不思議そうだ。


 だが、その声に典高は慌てた。

「シッ! 声は小さくだよ。誰かいるかも知れないからね。これは子供が作る秘密基地だよ」

「秘密基地? なのですか? でも、なぜ、人がいると声を小さくするのですか?」


 中にご満悦中のやつがいるかも知れない。なんてことは、とても姫肌には言えない。典高は別の理由を用意した。


「いいか、男と女が2人っきりで、こんな森に来ていると気付かれたら、変にかんぐられるに決まってる。噂が立ったら、これから動きにくくなっちゃうかも知れないよ」


「そう言うものなのですか?」

 姫肌は噂とか、気にしない。ビキニで街を歩ける女の子なのだから、噂など取るに足らないのだ。


「一般的にはそうなんだって! 俺たちは邪気を探しに来たんだ。ひと回りして探したら、先へ行くか、戻るか、さもなくば、秘密基地の中を捜索するか、その後から決めよう」


 典高は周りに人がいないことを確認したかった。ご満悦本のチェックはそれからである。

「分かったのです。ひと回りするのです。でも、邪気の気配はしないのです」


「そっか、ありがとう。じゃあ、こっちから回るよ」

 ザッ ザザッ

 秘密基地に注意しながら、大きく回り込むようにして、反対側に出た!



「きゃーーーーーーーーーーっ! 覗き魔! 痴漢!」

「えっ? 裸?」



 典高たちから数メートル先!

 柔肌を晒した女の子が、両手を広げて立っていた!


 こんな屋外に全裸だった。


【3368文字】

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