第31話 第八章 最後の1体(2/8)
それから10日以上、邪気が現れない。
あと1体なのに足踏みを食らっていた。姫肌にも原因が不明だった。
「妹石さん、これまで毎日邪気が出たのに、こんなに間隔が空くこともあるんだな。最後だからかな?」
学校帰りの商店街、そう、邪気に取り憑かれた、あの可愛そうなJCに、出くわした現場である。その時のことを思い出した典高が、現れない邪気について聞いたのだった。
でも、姫肌には困った風はなく、余裕が見てとれた。
「そんなことはないのです。10年以上出てこない時もあったと聞くのです。平均すれば年に2、3体、何ヶ月かに1体程度だったのです。毎日出てくるなんて、むしろ、こっちの方が、異常で珍しいことなのです」
典高が知っている最近が特別だったようだ。
「邪気の残数が少なくなってたから、毎日のように出てたのかな?」
姫肌は
「鼻血を出す人がすぐ近くにいるから、毎日だったのです。類が友を呼んでいたのです」
ニッと笑むほどに、澄ました口の端がいやらしく、ずり上がった。
「俺がいたから、毎日出てたって言いたいのかよ! それに類友って、俺は邪気ほどスケベじゃないぞ! 高校生男子の普通レベルだよ!」
姫肌は挑発的な目線。
「そうなのでしょうか? 兄様はあたしを見て鼻血を出すのです! 脱いでいる先生をちゃんと見たていのです! ここでも中学生の脱衣シーンも見ようとしていたのです! 兄様は立派にスケベなのです! 類が友を呼んだのです!」
しおらしさなんて欠片もない。典高に慣れてきたのか、生意気な妹っぷりだ! だが、本来の妹とは、こんなものである。
「こらこら! それなら、俺を人寄せパンダならぬ、邪気寄せスケベとして、利用したのか?」
「始めからそんなつもりはなかったのです。でも、結果的にそうなったのです」
典高は納得がいかない! というより、スケベを認めたくない!
「なら、どうして最後の1体が出てこないんだよ! 10日も一緒に行動しているんだぞ!」
小憎らしい妹が、不思議そうな妹に変わった。
「そうなのです。そこが、ちょっと変なのです。ただ、時々、邪気の気配を感じるのです。なのに、すぐに消えてしまうのです。そんなことは、これまで1回もなかったのです。死んだ母様からも聞いたことがないのです。きっと、代々の巫女にもなかったと思うのです」
首をひねっている。
「なんだ、邪気の気配はあったのかよ。なら、いつもにみたいにそっちへ行けばいいじゃん」
気配を頼りに、邪気を探したこともあった。
「短い時間なのです。方角しか分からなかったのです。気配の距離を探るにはあたしがある程度移動しないとならないのです。移動する時間がないままに、気配が消えてしまうのです。だから、方角だけなのです。場所が分からないのです」
姫肌の表情が淀んでくる。
なんか、かわいそう、優しく聞く。
「今は気配を感じるの?」
「感じないのです。でも、学校にいる時はいつも神社の方角に気配を感じるのです。そして、神社にいる時は南東より少し南の方角なのです。どっちも、距離が分からないのです。方角だけなのです。ただ、いつも同じなのです。何日も動いてない感じなのです」
典高は直感的ではあるが、邪気の位置が分かった。
「学校は神社から見ると真西から若干南よりだから、邪気は、神社に近い南東より南の方角に居るはずだよ」
典高の頭には、タクシーの運ちゃん並に、この街の地図がインプットされていた。伊達に姫肌と街を歩き回っていたのではなかったのである。その情報を利用して邪気の居場所を導いたのだ。
姫肌は慌てるほどに典高の前に立つ。
「今の話だけで、どうして神社の近くと分かるのですか! 距離感は全く分からないと言ったのです!」
典高の両腕をつかんで引き寄せ、合点のいかない顔を近づけた。意地悪したら嫌われると思い、典高は素直に答える。
「離れた2つの地点からの方角が分かれば、求める位置を推測できるんだよ」
いわゆるクロスベアリング法の応用である。
――クロスベアリング法(ベアリングとは方位の意味)
道に迷い、GPSが機能しない時などに、地形図と目標物から、現在地を推測する方法である。地形図を読む力が必要となる。
まず、周りを見て実物の目標となりろうな物を探す。その実物目標が地形図上に載っていることを確認する。例えば、特徴ある山を見つけ、その等高線の形を想像し、地形図に似た等高線を持つ山を探すのである。
そのように実物と地形図上の両方ともに、確認できる2つ以上の目標物を見つける。
その1つの目標物の実物を見て、その方位(方角)を、コンパス(方位磁石がついた定規みたいなもの)を見ながら肉眼等で実測する。例えば北から東へ36度などである。実際には、コンパスについた方位磁石が回転するので、回転角度として記録できる。
次は地形図である。実測した目標物が地形図上にあるので、その目標物の点から、コンパスを使って実測した方位(方角)を、地形図上に線として書き込む。
目標物は2つ以上だから、2本以上の線が地形図上に表される。
それらの線が交差(クロス)する点を、現在地と推測する方法なのだ。
しかしながら、GPSの普及に伴い、絶滅が危惧されている方法である。
本作では測定方向が逆であるが、詳しくは本文である。
スマホが手元にあれば地図を見ながら説明できたであろう。典高はスマホも携帯も持っていない。姫肌も同様と知っていたので、アナログの腕時計を見せて説明することにした。
姫肌が、腕時計をつけた典高の左腕を握ってきた。いとも簡単に位置を言えた不思議に興味が湧きいたみたいだ。典高は姫肌の握力に、親しみとかわいらしさを感じた。
典高が邪気の位置を推測した過程は、以下の通りである。
時計の中心を神社、12時を北とする。
学校は神社から見ると真西から少し南だから、8時の文字盤がある位置とした。
学校の時、邪気は神社の方向だから、8の位置から、時計の中心を通って2の文字盤までの直線上にいることになる。1つ目の直線である。
神社の時は南東より少し南に邪気を感じるから、中心から5時の方角となり、邪気は中心と5の文字盤を結んだ直線上にいることになる。これが2つ目の直線となる。
これら2直線の交点に邪気がいると推測したのだ。たどってみると、交点は中心、神社になってしまう。
使用した方角は姫肌の感覚でしかない。
誤差を含んているのだ。
だから、ピタリと神社の位置ではなく、神社の近くと推測できるのである。また、神社の時は南東より少し南に気配を感じる。
つまり、邪気がいるのは、神社に近い南東より南の方角と、典高は推測したのだ。
姫肌は理解できたが、首を傾げる。
「でもなのです。邪気は近くにいるのに、どうして、あたしに寄って来ないのか、不思議なのです」
「邪気は神社に入って来れないんでしょ」
「絶対ではないのです。それに、登下校の時とか寄って来れるはずなのです」
姫肌には不思議な思いが深まっていくが、典高はその不思議を素直に受け止めた。
「そうか、近くにいるけど、近寄れない事情があるのかもな」
「そんなことはないのです! 邪気に事情なんてないのです! スケベな顔をして女性の露出肌に寄って行くだけなのです! とっても単純なのです」
これまでの実績から外れていた。
「でも、誰に寄ることもなく、同じ方角なんだろう?」
「そこが不思議なのです」
首をかしげる。
「だから、その方向を探してみようよ。神社に近いんだし、すぐかも知れないよ」
「そうなのです! 位置が分かったのなら、さっそく邪気を探しに行くのです!」
やる気が湧いてきた姫肌だった。
【3076文字】
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