第18話 第五章 風神石・雷神石(2/4)

 典高が広い表参道の左右を交互に見ると、添え物みたいな玉砂利のさらに外側に、それぞれ色も大きさも違う石が1つずつある。


 近い左側の石は、濃い灰色なので、色としては普通っぽいが、大きさは石というよりも岩くらいに大きく、平たい岩が2段に重なっていた。


 右側の石は、遠くに見えるためか、一抱えくらいの大きさしかないように見えた。鎖の柵に囲まれており、色は赤っぽかった。


「まず、近い左を見るのです。風神石なのです。街のみんなからは、鏡餅と言われているのです」


 典高は、どっちか言えば雷神石に興味があったが、姫肌の中に風神がいるらしいので、そのまま続けさせる。


「ねー、妹石さんの中にいる風神と関係あるの?」

「はい、なのです」



 2人は玉砂利を越えて風神石の前に来た。


 岩は2枚が重なっており、言われるように鏡餅だ。大きなミカン(ダイダイ)の彫刻が載っていれば、より引き立つと典高は思った。でも、正月前にスーパーで見る鏡餅よりも全体的に平たい。


 重なった高さは大人の胸くらいと低めだが、上の面は大人4人が並んで寝そべるくらいに広かった。そして、2枚ともいびつさが残っており、自然石のようだった。



 典高には鏡餅と風神が結びつかない。

「どうして、鏡餅が風神石って言うんだ?」


「重なった石の間には隙間があるのです。強い風が吹くと、その隙間に風が通って鳴るのです。なので風神石なのです」


 しゃがんで、風神石を真横から見ると、岩の隙間にシャーペンの芯ほどに、か細い光が筋となって見えた。反対側の明るさが、隙間を通して見えのだ。


 確かに、風が抜けたら、音が響くかも知れない。



 しゃがんで視点が変わったので、風神石から2メートルくらい離れた所に、円柱状の石が1本立っているのに気付いた。


 座るには、ピッタリの高さだが、尻を乗せる面積は狭い。座り心地が悪そうなイスに見えた。



 聞くと、その石柱は綱止め石と言って命綱を結ぶ石のくいであると言う。

 見ると側面の上部に溝が掘ってあり、ぐるりと1周していた。綱を結べそうだが、典高には必要性が分からない。



「命綱なんて何に使うの?」

「フウライセツの時に吹く、キズナカゼという突風に飛ばされないための命綱なのです」

 聞き覚えのない名称が出てきた。




 姫肌によると、この地域では、古来から5月頃に風雷の被害が多かったらしい。その時に決まって風神石が鳴るという。


 なので4月の内に、人為的に風神石を鳴らせば、風雷のパワーががれて被害が減ると、昔の人は信じていたようだ。


 人為的とは、口で吹いて鳴らすことであり、その役目を神職が担うのであるが、神職は必ず絆風きずなかぜと呼ばれる、風神石から雷神石に向かって、何分か案外長い時間吹き続ける、局所的な突風によって飛ばされてしまうらしい。


 なので、神職は綱止め石に命綱を結び突風に備えるという。しかし、見物人には何の影響もない。突風は吹いた者だけが受け止めるようだ。


 この風神石を鳴らす行事が風雷節ふうらいせつなのだ。




 ただ、絆風は風神が起こしているわけでない。


「風神様によれば、こうなのです。風神様本体はあたしの中なのですが、力の一部が石に残っているのです。風神石が鳴ると、風神様の意思とは無関係に、その力が解放されて絆風が起きるのです」


 どうやら、力の一部が風神本体から切り離されて、石に閉じ込められており、風神石を吹くと、その力が自動的に風を起こすらしい。


「強風なの?」

「半端ない風なのです。命綱がないと雷神石に激突なのです!」


 典高は振り返って、表参道の反対側にある雷神石を見る。

「この広い表参道を渡るくらいの強風か。スゲーな」


「そんなレベルじゃないのです! 室町時代の文献によると、大鳥居の所に雷神石を移動しても、神職が飛んでぶつかって大怪我をしたのです!」


 大鳥居までは200メートル以上ある。なんか、恐ろしい。

 だが、室町時代には大鳥居は存在していなかったそうである。


「マジかよ! でも、もう吹かないんでしょ」

「吹くのです。ちゃんと毎年、絆風は吹くのです! だから風雷節の時には、父様はカッコいい狩衣かりぎぬを使わないで、耐強風仕様の白衣しらぎぬ差袴さしばかまなのです。風神様と雷神様の絆を侮ってはならないのです!」


 後で聞くと、狩衣も、白衣も、差袴も、神職の衣装のようである。狩衣は行事用、あとの2つが普段用みたいだった。



 でも、風神と雷神の絆を表す絆風は、絆って、きれいな言葉を使いながら、人間を200メートルも吹き飛ばす強風である。


 執念深さを感じる典高だった。


「そして次は、その絆風が吹く先なのです。表参道の反対側にある雷神石を見るのです」


 雷神石! 典高の興味が一気に戻ってきた。



 と言うのは、典高は小学生の時、雷に撃たれた経験があるのだ。


 死ぬほど痛い思いをしたのだが、何とか生き延びた。専門家は稲妻の本流ではなく分かれた枝の稲妻に当たったらしい、と説明したが、典高はそれは違うと内心では思っている。


 そして、邪気のような異形が見えるようになったのも、その雷に撃たれてからだった。



 そんなことがあり、典高は雷神石にムチャクチャ興味を持ったのである。


 広い石畳と玉砂利を渡って雷神石の前に来る。グルッと石の杭につながれた鎖の柵が1周しているので、その際に立った。


 雷神石は風神石に比べたら極端に小さい。直径は1メートルもないだろう。


 赤くゴツゴツとしていて全体的には丸っこいが、地面付近でややくびれており、その下は僅かしかないものの、火山の裾野っぽく広がって地中に没しているように見える。


 電気抵抗で使う記号『Ω(オーム)』の形に似ているが、そこまで顕著にくびれてなかった。


 石の表面は滑らかではなく、赤い小石? を握って丸めたような、赤い粒々とした小石の塊に見えた。


 ただ、赤には違いないが、庭園の石みたいに輝くほど、はっきりとした赤ではない。ザラザラと、くすんだ赤だった。橙色だいだいいろにも見える鉄錆色てつさびいろと言っていい赤だった。



 典高はひらめいた。

 雷神石は風神石の鏡餅に載るミカン(ダイダイ)なのだ。ここまで転がってきた逸話を作って姫肌に披露した。

 鼻で笑われた。


「そんな話、子供過ぎるのです。橙色は雷神石の色ではないのです。くっついているくず鉄が錆びた色なのです。雷神石は『磁石』なのです」


 典高は雷に撃たれて以来、雷とともに、磁石にもメチャクチャ興味があった。ネットで調べるくらいだ。


 雷神石を近くで見たい。

 巫女の姫肌に頼んだら許しが出た。典高は鎖を越える。


 近くから見る。

 姫肌が言うように雷神石の赤い粒粒は、表面にぎっしりと貼りついたくず鉄だった。


 よく分からない機械部品やら、柄の取れた包丁やら、剪定ばさみやら、釘やネジやナットやら、クリップや画鋲までが、我先にと競い合いながら、折り重なるようにくっついている。


 どのくず鉄も分厚い赤錆のカサブタに覆われるほどに錆びている。雷神石がくびれた下に広がる裾野は、その赤錆が地面に堆積した粉だった。


 また、鉄錆は磁石にはつかないので、錆の内側に残った金属鉄が、錆の層を乗り越えて磁石についていた。


 雷神石の強い磁力がうかがえる。



 典高はこんなに大きくて強い磁石は初めてだった。


 磁力を確かめたい。


 くっついているくず鉄を1つ取って、鎖の柵辺りから投げる実験を考えた。


 姫肌に聞くと。

「兄様なら、雷神石でいくら遊んでも構わないのです」


 放任主義だった。


【2955文字】

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