第13話【肝回】第四章 新居は神社(3/6)
そして、そのリビングの中央には、メガネをかけたおじさんが1人で立っていた。
典高より5センチ以上、もしかしたら、10センチくらいは背が高い。でも、細いのでヒョロっとしているおじさんだった。
誰?
母親と同じくらいの年(実年齢)に見える。典高は姫肌の父親と思った。
どういうわけか、母親がモジモジを始める。
「典ちゃん! この男が典ちゃんの父親なのだ!」
えっ?
典高からは、すぐに言葉が出ない!
気付くと、そのおじさんは典高を向いていた。
「久しぶりですねぇ、典高君ぅ。と、言っても覚えていないと思いますけどぉ、僕がお父さんですよぉ」
黒縁メガネをかけていて、ヒョロっとしていて、しゃべる語尾から空気が抜けている。
こんな冴えないおじさんが、典高の父親であると言った!
典高は信じられない!
「母さん! 何、言ってんだよ! 父親は死んだって、言ってたじゃないか!」
物心がついてから、そう聞いていた。
「あれはウソなのだ」
ガガーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
典高には経験がないほどの、精神的な衝撃!
そう言った母親はプイッと横を向いた。
「照乃さんぅ、僕は死んだことになってたんですかぁ?」
弱弱しい抗議、マジで冴えないおっさんだ!
「会わせるつもりはなかったのだ。死んでいた方が典ちゃんのためと思ったのだ。その方が、典ちゃんも気持ちが楽になるのだ」
そっぽを向いた横顔が、小憎らしく見えた。
典高には熱いものが湧き上がる!
「楽かも知れないけど! 父親は死んで、写真も残ってないって、言ったじゃん! 親が、いる! いない! って、子供にとっては大事なことだよ! 今の今まで、ウソをついてたなんて! ひ、ひどいじゃないか! ねぇ、母さん!」
典高の怒鳴り声は、どんどんと大きくなっていった。
「わーーーーん! ごめん、なのだーーーー!」
タタタッ! ギュッ!
母親は走ってきて、典高に抱きついた!
泣き顔を腹に押し付けてくる。
典高にとっては、母親なのだが、
「あーーーーん! の、典ちゃん! あ、あのな! し、死んでいた方が諦めがつくと思ったのだーーーー。ヒック ヒック なまじ、どこかにいると思うと、恋しくなるのだ! だから、……ママは……ママは……わーーーーーーんっ!」
典高に抱きつき見上げる母親の顔は、もうビチョビチョ、親に叱られた子供のように泣きじゃくっている。
これでは、典高が悪者である。こんなに泣かれたら、しゃーないと思った。
典高は悔しい気持ちを抑えた。
「わ、分かったよ。今は許すよ」
「や、優しいのだ! 典ちゃんは優しいのだ! い、いい子に育ってくれて、ママはうれしいのだ! わーーーーーーんっ!」
今度はうれし泣き?
「だから、分かったから泣き
グスッ グスッ
スススッと、脇から箱?
「兄様、ティッシュなのです」
姫肌が箱ティッシュを渡してくれた。気が利くと、典高は感心した。
「ありがと、ほら、母さん、涙を拭いて、鼻かんで!」
箱からティッシュを出して持たせてやる。
ヒック ヒック フキフキ ズビーーーーーーッ!
小さい体でしゃくり上げながら立ったまま鼻をかむ。まるで子供である。
こんな姿を見せられたら、こっちが引くしかないと思う典高だった。毎度であるが、母親は小さいだけに得してると思ってしまう。
「だけど、母さん! 本当に許したわけじゃないからね」
父親は死んだってウソをついたのだ。釘は刺しておく。
「許して欲しいのだーーーーーー!」
また泣きそうになる。このままでは、話が進まない。
「まだ全然納得してないけど、今日はこれ以上言わないであげるから、だから、もう、泣き止んでよ」
典高は優しい顔を見せてやった。
「今日は許すのか?」
涙目が典高を見る。
「うん、まだ終わってないけど、今日はこれで許してあげるから」
「わ、分かったのだ」
グスンッ
母親の顔は、涙でグチョグチョ、鼻水でグニュグニュだ。
「何て顔をしてんの。ほら、ちゃんと顔も拭かなきゃ」
ティッシュを2、3枚とって顔全体を拭いてやる。
「ありがとうなのだ。典ちゃんは優しいのだ」
ズビーーーーーーッ!
そのティッシュを典高からひったくるや、再度鼻をかんだ。
「それで、母さん。どうして俺たちが、死んだはずだった父さんの家に……」
あっと、その時、典高の口が止まった。
『父さん』と呼んでしまった。
無意識に出ていた。
典高は、言ってしまってから抵抗感にさいなまれた。
これまで、誰のことも『父さん』と呼んだことがなかった。母親を『母さん』と呼んでいたので、同じように呼んでしまっただけかも知れない。
だが、何か、血族のような、いや、少し違う、もっと、深いところ、親のDNAを持っているからと言ったような、そんな
そう理由付けしたものの、言ってしまった以上、仕方ないと思うより他になかった。今さら『この人』なんて呼び直すと、典高から父親を拒絶してるみたいに思えた。
そんなの子供っぽいじゃん。
典高は、もう高校生なんだと、自らに言い聞かせ、呼び方くらい何でもないと、典高は強がった。
成長した姿を見せつけてやれ、との、思いを込めて父親を見上げた。
背が10センチくらい高い。学校なら、身長だけで一目置かれそうなほどだ。
父親は上からではあるが優しそうにニコニコと微笑みかけてくる。力んだところが、まるでない。
きれいな自然体に見えた。
長身の父親か、それも悪くないと思った。
子供体形の母親と、この父親をプラスして2で割って、典高の標準身長が誕生したようだった。そこは素直に感謝しようと典高は、心の中で顔を上げ、心の中で胸を張った。
いつしか、喉に刺さった魚の骨が、抜け落ちたようにスッキリとした気分になっていた。
典高は改めて、母親に向き直した。
「ねえ、母さん、どうして、父さんの家に住むことになったの?」
典高は優しく聞いた。話を元に戻そうとした。
「陰謀なのだ!」
泣き終わっていた母親は、背筋を伸ばして怒りの拳を握っている。結局その理由に行き着いている。
典高には、マジで分からない。
「陰謀ってだけじゃ、何にも分らないから! 順を追って話してよ」
少し考えてから、母親が口を開いた。
「ママがこの男と出会ったのは、大学に入ってすぐのことだったのだ」
約20年前の春、場所は第一帝都大学総合キャンパス、その学部棟の3階にあった302講義室が、入学オリエンテーション授業の開始を待っていた。
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