第12話 第四章 新居は神社(2/6)

 木製の赤い鳥居が、新居への道をまたいで立っていたのである。



 電柱よりも低いが、乗用車なら楽にくぐれる広さがある鳥居が参道をまたいでいた。その参道は砂利道で、森の中へ真っ直ぐに続いている。


 砂利と言っても、格調高い玉砂利とかではない。舗装していない駐車場に敷いてあるような、ゴツゴツとした小粒の砂利である。


 母親の適当な地図には、鳥居の記号は道の横に描いてある。くぐるようになっていない。でも、それらしい道が他になく、目標物からすると、鳥居の股をくぐる道順なのだ。


 新居は鳥居の内側なのだろうか? それとも、近道とかで、神社を通り抜けるだけなのだろうか?

 そんな、素朴な疑問よりも強烈な印象が、典高にはあった。



 鳥居と言えば神社、神社と言えば巫女!



 今朝の騒ぎを経験した後では、神社と言えば、容易に巫女と連想されてしまうのだ。


 妙に『兄様』と言う単語に、リアリティを感じてしまうのは気のせいだろうか?


 しかし、典高には妹はいないし、親戚にも思い当たる人物はいない。

 もしかして、典高には生き別れた双子の妹がいるのか?

 それはない。母親が双子を産むなんて、とても無理と思った。体が標準よりも、かなり小さいのだ。


 考えていても仕方がない。地図通りに行くしかないと、典高は赤い鳥居をくぐる。


 ジャリジャリ

 森の中へと真っ直ぐに伸びている砂利道を典高は歩いた。

 道幅は乗用車が1台通れるくらい。わだちはなく、踏み固められてもいなかった。車も人も、ほとんど通っていないみたいだ。




 鳥居から3分くらい歩いたが、神社で手を洗う手水ちょうずはおろか、看板も案内板も石灯籠も社務所もない。森に囲まれた砂利道が、ただただ、ひたすら続くだけである。


 神社と思ったが、ほこらのように、小さいやしろが森の中に、人知れず埋もれていただけ……だったかも知れない。


 きっと、そういう理由で見落としたのだろうと、典高は不安な心に蓋をした。


 姫肌の神社は、この街で一番大きいと言ってた。だから、こんな駐車場に敷かれるような砂利の参道ではないはず。しかも、その砂利も踏み固められてないくらいに、人通りがない。


 違う神社なんだと心に言い聞かせた。

 典高は森に続く道を、さらにジャリジャリと歩いた。




 鳥居から10分くらい、地図通りに歩いて新居らしい建物に着いた。


 ないと思っていた社務所だった。いや、そんなような建物に見える。

 鳥居からここまでは森ばかり、建物らしい建物はなかった。神社の社は見落としたと思い込むようにしていた。


 けど、この家は町内の集会所のように玄関が大きい。典高みたいな高校生が、神社の社務所と見ても、ちっともおかしくない。


 新居は、この社務所のような建物で合ってるのだろうか?

 考えてても、しゃーない。

 見ると、玄関の横に『御用の方は押して下さい』のボタンがある。


 押してやれ!

 ピンポーン!


 音は普通の家と同じだった。

「はーい! なのです」


 な、なのです? そして、この声!


 ガラッ!

「あっ、兄様! 遅かったのです」

「せ、妹石さん!」


 社務所の玄関から現れたのは姫肌だった。でも、普通にワンピースだ。薄ピンク色のワンピースを着ている。

 学校で見たビキニじゃなかった。



 なんか清楚でこっちの方が嬉しい。胸だってビキニほど際立っておらず、年相応の女の子になっている。それがおとなしく見えて、結構、典高の好みだったりした。


 典高は一瞬にして、姫肌というキャラを全面的に見直した。



「兄様、道に迷ったのですか?」

 見とれていた典高の不意をつくかのように、姫肌が聞いてきた。反射的に答えてしまう。


「ま、迷ってなんてないよ。この地図通りに来たんだ」

 母親が手作りした地図を見せた。


「この道順は自動車が通れる道だけだなのです。だから、分りやすいのです。でも、遠回りなのです。自動車が通れない道も使えば、もっと近道があるのです」

 母親は車を中心に地図を作ったようだった。だから、姫肌が先に居たのだ。


「そっかー、……って! なんで、妹石さんがここにいるの?」

 地図なんかより、姫肌がそこにいるってことが重要と、典高は気持ちを戻した。

「何を言っているのです! ここはあたしの家なのです!」


「えっ?」

 悪い予感が的中していた。


「さあ、どうぞ、遠慮なく上がるのです」

 同級生を家に呼んだって感じだ。まあ、間違ってはいない。

「お邪魔します」

 典高も友人宅へ入る気分だ。


 古風で趣のある大きな玄関ではあるが、下駄箱の大きさが半端ない。玄関の壁一面が下駄箱になっている。いったい、何10足の靴が入るのだろうか?


 それに、大きめな傘立てが2つもあったりする。大勢が出入りできる造りだ。

 見るからに、一般的な家ではない。


 だから、典高も女の子の家へ上がるという気分にならなかった。


 でも、眼前には姫肌がいる。それが当面の問題だった。

「ねー、どうして同じ家なの?」


「兄と妹が同じ家に住むなんて、当たり前のことなのです!」

 高い所から低い所へ、水が流れるがごとく言っている。しかし、苗字に兄と妹の文字があるだけだ。


「それ、違うだろう! 名前だけじゃん!」

 典高の声は、ボリュームが上がっていた。


「その声、のりちゃんなのだ!」

 奥から母親らしい声が聞こえた。マジで同じ家なのだろうか?


 トコトコ

 典高が見慣れた赤い子供用ジャージが、廊下を狭い歩幅で歩いてくる。

 典高の母親である。



 ジャージの胸には、自分の名前、兄石照乃あにしてるのと、大きく書かれた白い名札が縫いつけてある。

 ジャージの真ん中はファスナーが走るので、右胸に苗字、左胸に名前と分けてあった。


 今時の学校はジャージに大きな名札なんてつけないから、まるで、一昔前に使っていた学校用ジャージだ。



 ツンツン

 姫肌が典高の肩をつついた。


「あたしは、兄様のお母様が子供とは、思ってもみなかったのです。びっくりしたのです!」


「子供、言うな!」

 パスンッ!

 典高の母親が近くまで来て、姫肌の尻へ軽いパンチ!



 姫肌が言う通り、母親は子供と間違われるくらいに体が小さい。背が低いのに加えて、体つきからして子供なのだ。


 さらに、ショートカットの幼顔なので、マジで年下に見える。カラフルなランドセルを背負っていても、不自然に見えないほどだ。



「母さん! どうして、新居が妹石さんの家なの?」

「きっと、陰謀なのだ! 職場の上司が企てた陰謀なのだ!」

 拳を握って遠くを見てる!


「陰謀って……」

 典高には意味が分からない。


「典ちゃんたちも同じクラスと聞いたのだ」

 母親は典高と姫肌を交互に見た。


「うん、妹石さんと同じクラスだけど」

「それもきっと陰謀なのだ!」

 また拳を握った!


「母さん、その陰謀って何だよ!」

 聞いて当然の典高に、フウと一息ついた母親は、クルッと背中を向けた。


「玄関で立ち話もなんなのだ。リビングへ行くのだ」

 先頭を切って廊下を歩き出した。




 しばらく長めの廊下を歩いて、そのリビングに着いた。


 そこは、絨毯が敷かれた普通の住宅にあるリビングだった。


 大型液晶テレビが置いてあったり、ぎっしりとつまった本棚もあったする。そこには、古風な社務所っぽさは見て取れなかった。

 ちなみに、液晶テレビの電源はオフだった。


 外観や玄関は社務所だったが、中は普通に住宅のようだ。



 そして、そのリビングの中央には、メガネをかけたおじさんが1人で立っていた。


 典高より5センチ以上、もしかしたら、10センチくらいは背が高い。でも、細いのでヒョロっとしているおじさんだった。



 誰?




【2977文字】

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