第110話 ゆん大いに困惑する

写真の選定が終わったのはすっかり日が落ちた後だった。


「みなさん、食事とまではいかないけれど、軽い飲み物と食べ物を用意したので、どうぞ」


由奈がみなに声をかける。


「ありがとうございます!」


一行は1階のフリースペースに移動する。

軽いスナックと飲み物が用意されていた。


「うわ!ありがたいです!」


Into The Caveのスタッフは喜んでスナックにぱくついていた。


スタイリストはゆんが気になって仕方がなかったようだった。会議が終わって真っ先にゆんに声をかけていたのだ。


「わたしはカイリー・スヴェンソン。Into The Caveのスタイリストなの。前は色んな人についていたんだけど、今はこのブランド専属で仕事してるの。新作の撮影の時とか、ショーがある時はわたしが仕切ってるのよ。もちろんそれだけじゃなくて、直営ショップの本店に常駐してお客さんにアドバイスもしてるのよ」

「そうなんですね」

「本当にファッションに興味ないの?」

「あんまりないですね…」

「もったいないわ。あなた自分を知らないの?」

「知らないってどういう意味ですか?」

「そんなに素敵なのに、もっと輝けるのにってことよ」

「どうでもいいです」

「あらま…あなた何歳なの?」

「17です」

「それこそもったいないわ!」


カイリーはやれやれと頭を振る。


「ねぇ、好きな男の子とオシャレしてデートしたいとか思わないの?」

「考えたことないなぁ」

「うそ…」

「ホントです」

「好きな人はいないの?」

「いますよ」

「なのにどうしてそうなの?」

「そんなオシャレとか外見を気にする人じゃないから」

「それでも!もう少しオシャレしたほうがいいわよ」

「そうなのかなぁ」

「そうよ、もう少し考えなさい」

「うーん、言われてもなぁ…」

「ちょっと、ジェフ、この子を口説いて」


カイリーは近くにいたジェフに助けを求める。

笑いをこらえながらその会話を聞いていたジェフはここぞとばかりに会話に参加する。


「そうだよ、もったいないよ」


ジェフはにこやかに言う。


「君、身長もあるし、プロポーションもいい。君が着ると素晴らしく映える服はたくさんあるよ」

「んーどうでもいいんだけどな」

「そう思う?試したことないんだろう?」

「それはそうだけど…」

「君のお兄さんはあれほどかっこよくて僕達の服もさらに素敵に見せてくれてるのに、君は興味ないの?」

「あれはお兄ちゃんだから。わたしには関係ないです」

「頑固だね。ちょっと試してみようくらいの気持ちもないの?」

「だってわからないんだもん。興味のないことに首を突っ込むのも面倒だし」

「あーわかったわかった。一度うちの本店に遊びにおいでよ。カイリーもいるし。女の子用のラインも揃ってるよ。と言ってもストリート系だけどね、今は」

「わたしが行ったって何もわからないもん」

「友達と一緒に遊びに来ればいい」

「そうよ、お友達と来ればいいわ!わたしがちゃんと面倒みるから!」

「服買ったりしませんよ、わたし」

「あーもう、ちょっと試着して遊ぶでもいいじゃないの。楽しいわよ」

「そうかなぁ」


ジェフには密かに計画していることがあった。女性用にももう少し違う雰囲気の新しいサブブランドを立ち上げようと思っているのだ。可愛いとクールを兼ね備えたような、ストリート系に収まらないものを考えている。それでゆんを初めて見た瞬間にうってつけのモデルだと思ったのだ。


「とにかく気軽に遊びに来ればいいよ。いつでも構わないよ。君の名前を言ってくれればわかるようにしておくから」

「行くとは限りませんよ」

「友達は来たがるんじゃないかなと思うよ?」

「そんなに知られてるブランドなんですか?」

「と僕は思ってるんだけど、どうだろうね」


ジェフはひたすら笑っていた。しかしそれほどまでに自分のブランドのことを知らないゆんに対して少し自尊心を傷つけられた気にもなっていた。要するに少しいじめたい、だ。


「友達に僕のブランドのことを聞いてみたかい?」

「まだ。だって、サマースクールに行っただけでまだ学校始まってないもん」

「そうか。ま、学校が始まったらぜひ友達に聞いてみて欲しい。それで遊びに来て欲しいね」

「聞くだけ聞いてみます」

「つれない返事だね。本店は自社ビルの1階だから、僕が本社にいれば君の相手をしてあげるよ」

「必要ないです」

「どうして?」

「だって別に話すこともないし、服のアドバイスならカイリーに聞けばいいでしょう?あなたが出てくる必要ないじゃないですか」

「カイリーには絶大の信頼を置いているけど、僕だって服飾メーカーの社長だよ。ファッションについてはこだわりがあるよ」

「どうしてあなたみたいな人がそんなこと言うんですか?」

「君を着飾ってみたいから」

「…え?」

「いやー初めて見たときからいろんな服着せてみたいなと思ってたんだよね。だから遊びに来て」

「はぁ?」

「ま、そういうことだ。いつでもおいでよ。僕の名刺を持っておくといい。会社の住所書いてあるから。この1階が店だから。これを見せればいいよ」


呆然とするゆんにジェフは自分の名刺を握らせた。

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