第109話 ジェフがやって来た

写真を選ぶ作業に没頭して一週間が過ぎていた。

毎日うなりながらもこれだと思う写真を選び続け、さらに選んだものの中から残したいものを選ぶという作業を繰り返していた。

ゆんは残したいものについてはノートにどうしてなのかその理由も書き留めることにした。レンが説明を求めると思ったからだ。


「ゆん、そろそろお互いに選んだものを見てみようか」

「うん、終わってはないけど、これっていうのは大体決まったよ」


まずはレンが選んだものを二人で見てみることにした。

ゆんがいいなと思って残しているものが、レンの選んだものの中にもたくさん入っていた。


「うん、これはいいよね。わたしも選んでる」

「これは良く撮れてると思うんだ。狙い通りかな」

「服の特徴あるところもばっちりだし、表情もいいもんね」


二人はそんなことを言いながら、一枚一枚見ていった。


「じゃぁ、ゆんの選んだものも見せて?」

「はい!」


ゆんは選んだものをまとめたアルバムを開く。メモを書き付けているノートも開いて待つ。レンはまず表示されているサムネイルをざっと見る。


「僕が選んだものと同じものがたくさんあるね」

「わたしなりに意図されてることとか考えてみたの」

「ゆんが真剣に選んだのがよくわかるよ」

「へへっ、パパにそう言ってもらえると嬉しいな」


ゆんは照れ笑いをする。


「で、いくらかどうしてこれを?っていうのがあるんだけど、説明してもらえるかな?」

「もちろん。どれについて聞きたいか写真を表示してくれたら説明するね」

「じゃぁ、まずこれ」

「えっと…ちょっと待って…あった、この写真はね、服の特徴を捉えてるかというとそこは弱いんだけど、横向きで腕時計がよく見えるところがいいなと思って。お兄ちゃんの表情もこの写真は柔らかくていいの。ふとした瞬間っていうか、作ってないように思う」

「なるほど…じゃぁ、これは?」

「これはね、お兄ちゃんの動きによって服が揺れてるっていうか、躍動感が感じられていいなと思うの。ただ立ってるだけじゃない服の様子がわかるかなって思って。表情も引き締まってていい感じだなと思ったの」


そんなふうにゆんはレンに説明を続ける。


「ゆんが選んだものも面白いね。若者向けのブランドだから、僕の感性より君の感性のほうが近いだろうし、なるほどなと思うところがたくさんあったよ」

「あ、ゆんのはあくまでも参考に。でもわたしにやらせてくれてありがとう。すごく楽しいし、やりがいがある」

「また撮影したときはゆんにも見てもらうよ」

「本当に?」

「もちろん。ゆんが手を抜かずにちゃんと考えて選んでいるのもよくわかったし、別の視点で捉えてるのも面白いから、僕一人で選ぶより興味深いと思ったんだよ」

「わたしもすごく勉強になるから、またやらせてくれたら嬉しいし、頑張りたい」

「それじゃ、明日ジェフが来るんだけど、同席してくれるかな?」

「ジェフってあの社長さん?」

「そう。彼の会社でもどの写真を使うか選んでるから、それをうちに来て話し合うことになってるんだ」

「わたしも一緒でいいの?」

「これも勉強になると思うよ」

「うん、わかった。端っこで大人しく見てるだけでも…」

「ははは、言いたいことがあったら言えばいいよ」

「いや、それは無理だと思う…企業の会議でしょ」

「若い会社だから堅苦しいことはないと思うよ。スタッフもみんな若いんだ。何か聞かれたら答えるといいよ」

「えーん、プレッシャーかけないで、パパ!」


レンはゆんの才能の片鱗を感じていた。写真を撮ること自体はまた別の話だ。しかし、写真を選ぶことについてはスタンダードな選び方は十分意図を見抜いているし、それだけではなくゆんならではの感性も持ち合わせていると感じたのだ。


次の日の午後、ジェフが会社のスタッフ4名と共にやって来た。


「レン、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「こちらはうちのスタッフで、広報担当トップ、グラフィック担当、服飾デザイン担当、そして専属スタイリストです。彼らを連れてきたのは、それぞれ写真を選ぶに当たって彼らの意見も取り入れたいと思ったからです。カタログも作るので、実際に服をデザインしたチームのリーダー、カタログ製作にあたるグラフィックチームのリーダーを呼びました。広報担当トップは全ての戦略的なプロモーションをになう重要な人物です。スタイリストは日本にも連れていきましたが、意図された部分についての意見を聞くために連れてきました」

「ようこそ。僕自身の写真の選定は出来ているので、あなたたちが選んだものと合わせながら最終的に使うものを選んでいきましょう。あと、今回僕の娘にも写真を選ばせてみました。僕の娘、ゆんです」

「こんにちは。ゆんです」


ゆんはぺこっと頭を下げた。


「ちょっと待って!」


スタイリストが素っ頓狂な声を上げた。


「身長は5フィート8インチくらいね。手足が細いわね。でもしっかり胸はあるわね。めちゃくちゃ見栄えがしそうなのに、この格好は何なのかしら」


ジェフは狙い通りだとほくそ笑む。


「あ、あんまりファッションとかわからなくて…」

「もったいないわ。あーほんとに」

「まぁまぁ。ゆんのことは後で」


レンが笑いながらスタイリストを諭す。


「あ、すみません。職業病なんです。しかし、お嬢さん、本当に可愛いですね。身長もあるし、プロポーションも整ってる。うちの服とか着せたら見違えますよ!」

「ははは、ありがとう。とにかく、写真のことについて話し合いましょう」


レンは画面の大きいiMacの前に座る。その周りにみなが集まる。


「これが僕が選んだ写真です」


レンはそう言いながらLightroomのアルバムを表示する。

サムネイルをざっとみたジェフが言う。


「うん、うちで選んだものが大半入ってますね」


ジェフは持ってきたノートブックと見比べながら言う。


そしてレンは一枚ずつ表示する。


「ここまでが僕が選んだものです。ここからは同じものを除いてゆんが選んだものです」


そう言ってレンはさらに写真を表示する。


「これはどうして?」


ジェフが聞く。ゆんは自分なりの説明をする。それを繰り返す。ジェフは面白いなと思う。ゆんの説明は的を得ていてこじつけなどはなかった。そしてゆんが選んだものはジェフ自身も選んでいたものが多くあった。


「いいですね。レンが最初に見せてくれたものは僕達もほぼ抑えていましたが、ゆんが選んだものは僕自身が個人的にリストに上げていたものにも多く入っています」

「ははは、だからゆんに言ったんだ。ゆんの世代のほうが君たちの感性に近いだろうと」


レンは笑う。ゆんはただひたすらかしこまった様子だった。


「それでですね、レン、絞っていこうとおもうんですが」


そこからジェフはクライアントの社長としての能力をフルに発揮しだした。写真一枚一枚について採用するか否かを全スタッフに問う。それを繰り返し、意見が合ったものをマークしていく。そして、サブとして使うかどうかはその時に考えるものも残した。


「レン、後日写真の修正なども頼むと思います。うちでやっても構わないんですが、レンの意図するテイストもあると思うので」

「そうだね。あまり加工するのは好きではない。それを前提に撮っているから、そこを尊重してくれるとありがたいね」

「わかってます。それを踏まえた上でお願いしました」

「そうだったのか。君がやり手と言われているのがよくわかったよ」

「それだけじゃないですよ。今にわかります」


ジェフは大胆にもそうレンに告げた。

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