第108話 ゆん頑張る

レンが帰国して以来、レンとゆんは毎日詩音の写真を選ぶ作業に没頭していた。


レンとゆんはまずそれぞれが良いと思うものをリストアップして、その後お互いに選んだものを見ながらどれを候補に上げるべきかを考えていこうとしていた。普段はもちろんレンが一人でやることなのだが、ゆんがどれを選ぶのか、それがどうしてなのかゆんの意見も聞いてみたいと思ったのだ。


「最終的にはジェフの会社の意向に沿うことになるから、ここで選んだからといって採用されるわけじゃない。あちらはあちらで選んでいるからね」

「うん、わかってる。わたし、自分が撮ったものを選んだりはしたことあるけど、こういう正式な仕事としてパパが撮ったものを選ぶなんて恐れ多いよ。だからゆんがいいなと思ったのはあくまでも参考にしてね」

「でもちゃんと細かいところまで見て、何のための撮影なのかを考えてちゃんと選ぶんだよ」

「はい」


レンが撮った写真の数はとても多く、それを全部みて選ぶとなるとすぐに終わるような作業ではない。ゆんはまず、一通り見ていいなと思ったものにフラグを付けることにした。フラグを付けておけば、後にフィルターをかけてフラグを付けたものだけを一覧表示することもできるし、その選んだものだけをアルバムとして保存することもできるからだ。


「まずは、最初から見ていって、いいなと思ったのをとりあえずピックアップしよう。細かい服や時計の見せ方とかは後で考えよう。まずは表情がいいものから選んでみよう」


ゆんはもう1年も会っていない詩音のフォトセッションとして正式に撮影された写真を見て少し泣きそうになる。そしてそれは自分が実際には見たことのない詩音の姿でもあるのだ。


「ほんとにあのキノコ頭からは脱却しちゃったのね」


ルーシーが言っていた、キノコ頭はあなたとの邪魔をされたくなかったからでしょ、という言葉を思い出す。自分はそれがわかってなかったのだと今更ながらに思う。


「ううん、ダメダメ、感傷にひたってちゃだめ。しっかりしろ、ゆん」


自分に言い聞かせてパソコンのモニターに再度向き合う。


大好きなお兄ちゃんとしてではなく、モデルとして画面の中にいる詩音は圧倒的な存在感を放っていた。


「凄い…」


ゆんは思わずつぶやく。これが本当のお兄ちゃんなんだ…思っていたよりもっと凄いな…本当にカッコいいし堂々としてるし、あのキョドキョドしてたお兄ちゃんを思うと笑っちゃうな、などとブツブツ言いながら写真を見ていく。


「うーん、難しいな…」


ゆんは下手するとどれにもフラグを付けそうになって困惑する。レンが撮った写真はどれも素晴らしく、選べというほうが間違っている気がしてくる。


「これって、この服はどこが特徴でどう見せたいのかとかってそういうの聞くべきな案件だよね。表情だけで選ぶものじゃないな」


そう思ったゆんはレンに話しかける。


「パパ、このお兄ちゃんが着てる服に関する資料って貰ってないの?」

「もちろんあるよ」

「わたしが見てもいい?」

「どうしたんだい?」

「お兄ちゃんがカッコいいとかそういうのだけで選ぶものじゃないと思って。企業からの依頼で、今回は服飾ブランドだから、モデルとして着用している服についても知った上で選ぶべきなんじゃないのかなと思って」


レンは嬉しそうに微笑む。


「もちろん、それは必須事項だね。そこにある分厚いファイルがそうだよ。服についての説明がイラストや資料写真と一緒にあるから、それらを見ながら写真を見てみるといいよ」

「ありがとう、パパ」


ファイルを持ってパソコンの前に戻る。


「うーんと、最初に着てるのはこれね」


ゆん自体はあまり今までファッションに気を使っていたほうではない。どちらかというとインドア派で詩音と一緒に家にいることが多かった。花梨と一緒にファッション雑誌をパラパラと見ながらこれいいね、とか言っていた程度だ。だからそれほどたくさんの服を持っていたわけでもないし、気を使わない楽な服装をしていることが多かった。今もそうだ。時々由奈に誘われてショッピングに出かけて「これなんか似合いそうよ」と言われてもよくわからず遠慮するばかりだった。


「えっとこの服はこのラインが特徴で、あとここの切り返しも面白いと…」


服についての説明を見ながら、写真を見てみる。


「パパ、さすがだな…」


レンはもちろん、それらの資料を事前に読んで撮影に入ったので、書かれていることも考慮に入れた上でのポージングも多かった。こうしたポージングのリクエストは主にパパが出しているんだろうか。だとしたら凄い。


「ねぇ、パパ。モデルさんにポーズの指示もパパが出してるの?」


急にゆんに話しかけられてレンはゆんの方を振り向く。


「うん、そうだよ。もちろん、クライアントからのリクエストが入ることもあるし、個人のポートレート撮影の場合はその人がこう撮ってほしいと言う場合もあるよ。でも撮影するのは僕だから、こうしたほうがいいだろう、こういう図が欲しいなと思ったらどんどん言うようにしてるよ」

「簡単なことじゃないよね。色々と下調べも必要だし、モデルさんが乗り気じゃなかったりしたら良い方に持っていくのも大変そう…」

「そうだね。現場で色んなことが起こるよ。でもそこでくじけたり諦めたら全て終わりだからね。そうならないように頑張るんだ。例えば、モデルが物凄く機嫌が悪かったとしよう。それでも撮らなくてはならない。撮った結果が僕の評価の全てになるんだ。だからそういう時は、少し話かけてみたりしながら、少しでも気分を明るくして欲しいと思ったりね。幸いなことに、今は撮ってほしいという依頼が来ることが多いから、昔ほど機嫌をとりながらということはないけどね。昔は本当に色々なことがあったよ」


レンは思い出したのか苦笑している。


「パパ、やっぱり凄い。写真みてたらよく分かる。あ、ごめんね、作業の邪魔をして。ゆんも作業に戻るね」

「あぁ。疲れたら作業を止めるんだよ。目にも良くないからね」

「うん、そうする」


ゆんは画面に向き直ると真剣に写真の選定を再開した。

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