第105話 ゆんの決意

「ただいま!」


学校に迎えに来た由奈と一緒に夕方ゆんは家に戻ってきた。

ゆんは一目散にレンの元に駆けつける。


「ね、パパ、お兄ちゃんどうだった?」

「ただいいまより先にそれなのかい?」

「あ、…ごめんなさい。ただいま」


レンは笑いを抑えられない。

「ゆん、大丈夫だよ、写真は逃げやしないよ?そのための写真だよ」

「だって…パパが撮ったお兄ちゃんすごく素敵なんだもん…」

「とりあえず夕食を食べよう。その後、だ。いいね?」

「うん、そうだね。わたし荷物を片付けて着替えてくるね」


ゆんは飛び跳ねるように自分の部屋に向かった。


「ゆんは本当に可愛いね」

レンは由奈に言う。

「ええ、本当に。裏表がない分あれこれ考えてしまっているんでしょうね」

「僕もそう思う。急に一緒に生活することになったけれど、本当に愛らしいだと思っているんだ」

「ゆりと健さんに感謝しなければ」

「おそらくそれよりも詩音君のおかげだよ」

「そうね。ゆりも忙しいみたいだったから、詩音君にまかせっきりだったとは言っていたわ」

「ゆんはどう受け止めるだろうか、詩音君の伝言を」

「大丈夫ですよ、素直に受け止めると思うわ」

由奈は分かっていると言うように頷いた。


「あー!おなか一杯!でもね、サマースクールのご飯も美味しかったんだよ!知られているレストランの娘なんだって、凄く仲よくなったルーシー・サラザンが指揮を取って作ってたの。ルーシーってほんと素敵でカッコいいのよ!」

ゆんは勢いよく話す。


「サラザンということはあのレストランだね」

レンはいう。


「パパ知ってるの?」

「おそらく僕が思っているレストランだと思うよ」

「うわ。そんなに知られてるの?」

「とても良いレストランだよ。高級レストランではあるけれど、あたたかい気持ちが感じられる場所だ。とても気持ちよく食事が出来て、話も弾むね、あそこなら。今度みんなで食べに行こうか」

「うわー!ルーシーが聞いたら喜ぶ!」


ゆんはニコニコ笑っていた。


「じゃぁ食べ終わったことだし、僕の作業室に行こうか」

「うん!」


レンは写真の編集などをするパソコンなどを置いている部屋にゆんを連れて行った。


「昨日帰ってデータを取り込んだだけでまだ何もしていないんだ」

「うん、取り込むのに結構時間かかるもんね」


レンはLightroomを開くと日本で撮影したものをまとめたカタログを開く。


「うわーーーーーー!!!」


レンはゆっくりと次の写真を表示していく。


「凄い。お兄ちゃん本当にカッコいい!」


しかし、しばらく見ていたときにゆんは気付いた。


「これ、これより前の写真と表情が違うよね?なんか優しくなったっていうか、緊張が解けたっていうか…」

「さすがだね、ゆん。わかるんだね」

「だってお兄ちゃんだもん…」

「続けて見て」


レンはゆんが見ている表情を伺いながら邪魔をしないようなタイミングで次の写真を表示させる。ゆんは画面を食い入るように見つめていた。しかしその表情はとてもおだやかで笑みを浮かべていた。ゆんはコレいいな、こっちもいいな、これはいまいちかな?などと言いながら楽しそうに写真を見ていた。


「ゆんがいいなっていうのはどういう時なのかな?」


レンは聞く。


「うんとね、もちろんお兄ちゃんが最高にかっこよく写ってて、ポーズも決まってるもの。だけど、服を見せるとか時計を見せるのが趣旨ならそこもちゃんと抑えられているもの」

「ゆん、上出来だ」


レンは嬉しそうに言う。


「ちゃんとわかってるんだね」

「趣味で撮る写真じゃないもの。依頼を受けてとってるでしょ。そしたらパパの好みだけでどうこうなるものじゃないと思って」

「その通りだよ」

「でもやっぱりパパは凄い。わたしが言ったような瞬間をちゃんと抑えてる…」


ゆんは写真をやろうと思ったまだまだ駆け出しながらレンの凄さをひしひしと感じていた。


「ゆん、さっきこの写真の前は違うって言ったよね?」

「うん」

「なぜだと思う?」

「んんん?何かあったからかな」


レンはゆんを優しくみつめながら言う。


「その間にゆんの手紙を渡したんだよ」

「えっ!!!」

「どうも表情が固いと感じていてね。ここで撮ったときは本当にリラックスしていて楽しそうだったから違いはわかっていた。クライアントのトップ、ジェフも同じように思っていてNGを出したんだ。どうしようかと思っていたんだけど、このままではいけないと思って、詩音君の気持ちが落ち着くかどうか賭けではあったのだけど、ゆんの手紙を休憩を取っているときに渡したんだ。詩音君はゆんの手紙をちゃんと読んだんだと思う。その後はとても穏やかな雰囲気になって、緊張が解けたようで楽しく撮影に望んでいたよ」

「それで…それでお兄ちゃんはなんて…なんて言ったの?」


ゆんははやる気持ちを抑えられなかった。


「ゆん、これは詩音君からの伝言だ」

「はい」

「待っていて欲しいと。必ずゆんのそばに行くから待っていてと」

「そう言ったの?」

「そうだよ」


ゆんはその言葉の意味を噛みしめる。待っていてということは待っていればきっとお兄ちゃんはわたしを迎えに来てくれるということだ、何の希望もなく、ただこうだったらいいなではなく、待っていればお兄ちゃんが必ずゆんのところに来てくれるということだ…


「それって、お兄ちゃんは絶対UCLAに入るってこと?」

「そのつもりだね」

「まだ願書の締切もきていないはずなのに、言い切っちゃって…」

「ははは。ゆんだって詩音君なら大丈夫だとわかっているんだろう?」

「そ…それはそうだけど」

「ゆん、詩音君は本当にゆんのことを大切に思っているよ。ひょっとしたらゆんが思っている以上にと僕が言っておこう」

「どういう意味?」

「もうひとつ伝言があるんだ」

「え?」


レンはゆんをしっかり正面からみつめて言う。


「会ったときに大切なことは直接伝えるからと。だから待っていて欲しいと言ったんだよ」

「そう…すぐに来てはくれないんだ」


ゆんはぽつりと言う。

そういうゆんが可愛くて仕方ないのだが、レンは諭すように言う。


「ゆんだってわかっているくせに。こちらに来るには高校をちゃんと卒業しないといけないだろう?詩音君は。彼もきっと僕と一緒にこっちに来たかったはずだ。夏休み中だしね。でも詩音君にも考えていることがあるんだよ。また手紙を書くと、これも伝言だね」

「わかった。すぐに連絡とれる方法じゃなくて手紙がいいというなら待ってる」

「ゆん、野々村さんのお宅にもおじゃましたんだ」

「え!!!お父さんとお母さん元気にしてた?」

「もちろんだよ。でもゆんがいなくなって寂しいと言っていたよ」


ゆんはつらそうな表情をする。一気に表情が曇る。


「ゆん、大丈夫だよ。色んな話をしてきたんだ。僕達も野々村さん達もゆんと詩音君のことを本当に大切に思っているから、思うことはあるだろうけど、心配しなくていいんだよ。詩音君が来るまでは僕達に甘えていて欲しい。それと何かあったら隠さずに話して欲しい。いいね?」

「うん…パパ、ありがとう…」


レンはゆんを優しく抱きしめながら尋ねる。


「それで、詩音くんの写真を選ぶの一緒にやってくれないか?」

「え???」


ゆんは驚いて顔を上げる。


「どうしてそんなに驚くんだい?」

「え、だってこれすごく大きなプロジェクトなんじゃ…」

「だって詩音君のことを一番良くわかっているのはゆんじゃないか。もちろん僕も僕の目で選ぶけど、ゆんが選ぶものも気になるから。いいかな?」

「本当にいいの?」

「ゆんがこちらの方面を目指すのであれば、まだまだ知って置かなければならないことも勉強しなければならないこともあるよ。その勉強の一つだと思って。ゆんの視点と僕がプロとしての立場からの意見の違いも面白いと感じるかもしれないだろう?どうかな」

「うん、やってみたい!」

「それじゃここでやってみよう」

「パパ、ありがとう」

「詩音君はまだ手紙を書くと言っていたよ。そろそろ気軽に連絡をとってもいいんじゃないかと言ったんだけど」

「そうなんだ…」

「ゆんもちゃんと手紙を書くんだよ。詩音君待ってるよ」

「うん。わたしの気持ちは伝えたけど、伝言の返事もかかなくちゃ。今は気持ちだけでも離れたくないから。ちゃんと受け止めて伝えなくちゃ」


二人はその晩遅くまで写真をみながら話し込んだ。









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