第102話 ルーシーに話す

「そうだ、ルーシーには何があったのか話すね」

ゆんが切り出した。


「何?その大好きなお兄ちゃんのこと?」

「それもあるけど、わたしがパパのことあまり知らないのはどうしてかとか」

「話したくないなら無理しなくてもいいよ」

「ううん、大丈夫だよ」


ゆんとルーシーは相部屋だった。みんながそれぞれの部屋に引き上げたあと、ゆんはルーシーに話しだした。


「わたしがこの学校に入ったの4月だったでしょ。日本は学校が始まるのは4月からなの。それで3月の終わりにこっちに来たんだけど、その時初めてパパとママと暮らすようになったの」

「???どういうことなの?」

「今のパパとママが本当の両親なんだけど、生まれてすぐに日本のお父さんとお母さんに預けられて、そこの子としてお兄ちゃんと一緒に育ったの。色々と事情があったの」


ルーシーはびっくりして目を見開く。


「なるほどね。知らなかった。それじゃあまりレンのことを知らないのもわかるわ。でもどうしてこちらに来ることにしたの?」

「それはね…お兄ちゃんに対して恋してるんじゃないかっていう自分の気持ちに気付いたんだけど、ずっと家族だったしこれからもずっとそうだと思ってたの。だから、なんとなく血の繋がっていないお兄ちゃんというのは分かっていたんだけど、この気持ちは持ってちゃダメだって思ったの。でもお兄ちゃんはわたしのことが好きだったみたいで、それとなく言ってきたんだけど、わたしダメだって思って突き放しちゃったの。その時お兄ちゃんはわたしと血がつながっていないって知ってて、その上でわたしのことが好きだったっていうのは後から知ったんだけどね」

「うーん。なんとなくわかるけど、自分の気持ちにウソつくの辛くない?」

「辛かった…気付いた時点ですごく悲しかった。素直に喜んじゃいけないって」


ルーシーはゆんを抱き寄せて頭をなでる。


「それでどうなったの?」

「わたしとお兄ちゃんの間はすごくぎこちなくなってしまって、お兄ちゃんは夏休みの間だけってロスに行っちゃったの。お兄ちゃんがロスにいる間にわたしはなんとなく気付いていたこと、本当のお父さんとお母さんのことをはっきりと知ったんだけど、同じ日にお兄ちゃんがあれほど頼んでも切らなかった髪の毛切っちゃったのを知って、わたし不安定だったのもあってすごく怒ってしまって…どうしたらいいのかわからなくて…わたしのことなんかもうどうでもいいんだって思い込んでしまったの。そしたらお兄ちゃんそのままロスに残って休学するっていうから…それでロスのパパとママにわたしを引き取って欲しいって頼んだの。お兄ちゃんが帰ってくるのと行き違いにこちらに来たの」

「要するにお兄ちゃんから逃げたってこと?」

「そうなるよね。ファミリーネームも本当のテラモトに変えて、こっちに来て、全く違う生活をしているうちになんとかなるんじゃないかなって思ったの」

「なるほどね、こういうことって滅多にないことだし、あなた一人で抱え込んでいたのならそうするより他なかったんでしょうね。それはなんとなくわかる。でも今はちゃんと好きって伝えたって言ってるじゃない?どうなってるの?」

「んとね…手紙が来たの。お兄ちゃんから」


再びルーシーはびっくりしてゆんの顔を見つめる。


「は?今の時代に手紙なの?要するにエアメール???」

「そう」

「なんでまた…時間かかるじゃない、なんだかんだで一ヶ月に1、2通しかやりとり出来ないじゃないの」

「うん。でもそれが良かったんだと思う」

「どうして?」

「すぐやり取り出来るメッセンジャーなんかだと、勢いで書いてしまったりするでしょ。手紙だと何回も読み返したり書き直したり考えて書けるから」

「なるほどね。それであなたも落ち着いたのね」

「うん。手紙だから時間がかかるの。だからゆっくり自分の考え方も変わる事ができたんだと思う」


うんうんと納得したようにうなずくルーシー。


「なるほどね。それで自分の気持ちに素直になることにしたのね」

「一番最初ね、お兄ちゃん自己紹介から始めたのよ」

「あー、最初からやり直したい感じかな、それって」

「そうだったのかな。でも結局わたしが聞きたくても聞けなかったこととかぶちまけちゃったんだよね」

「でもちゃんと答えてくれたんでしょ?」

「うん。思った以上に色々と書いてきてくれたの。それで誤解してたところとか、わたしが間違ってたところとかも見えてきたの」

「誠実な人じゃない、あなたのお兄ちゃん。よほどあなたのことが好きなんだと思うよ。それでゆんも素直になることにしたんでしょ?」


ルーシーはゆんをじっと見つめてその先を待っていた。


「やっとね。すごく戸惑ってたの。ずっとお兄ちゃんだったわけじゃない?すぐに好きな人って切り替え出来なかったの。たとえ血が繋がっていなくて、好きになっても何の問題もなくても。それより最初はずっと家族としてでいいって思ってたから余計に頑なになっちゃってたみたい」

「それはそうだね。生まれたときからずっと一緒だったんでしょ?難しいところだよね。小さい頃から血の繋がりのない兄妹だって知らされてたのならまだしも、急にそんなことになったら戸惑うのわかる気がする」

「でもお兄ちゃんと手紙のやり取りしてて、ゆっくり自分の気持ちをちゃんと考えてみたの。そうしたら、いつでもずっとお兄ちゃんのこと考えてるし、そばに居て欲しいと思うし、会いたいと思うんだもん、これが好きじゃなかったら何なんだろうって」

「兄貴以上の気持ちで?」

「うん。前はね、兄と妹ならずっと家族でいられると思ってたけど、いずれお兄ちゃんに彼女が出来てわたしから離れるって思ったら絶対イヤだって思うようになったの」

「あはは、それは兄貴以上への気持ちだね」


ルーシーはやれやれといったふうに肩をすくめながらもゆんを抱きしめて

「好きになったらそれが普通よ」

と言う。


「それとね…前にみんなとおしゃべりしたでしょう?そのとき…その…そういう話もしてたじゃない?ちょっとね…ほんのちょっと想像しちゃった…」

「ほんのちょっとね」

「ほ、ほんとうだよ、ちょっとだけだよ!」

「ほんとかなぁ。ふふ、でもそんなこと想像しちゃうんなら、本気だね」

「ちょっとだけだったら!だ、抱きしめて欲しいなとか、き…キス…」

「それだけなの?」

「だって…まだわからないもん…」

「ふふふ。教えてあげるわよ」

「い…いいよ…」

「いいよじゃないわよ!知っておかなくちゃなことあるんだからね。おまかせで痛い目にあうのいやでしょ?」

「で、でも…」

「あなたがそういうこと考えてるんなら、むこうだって考えてないわけないでしょ」

「そ…そうかな…」

「多分男のほうが想像しちゃってると思う。うん」

「やだ…」

「何言ってるの。そういう仲になったら避けて通れないでしょ。ふふふ」

「ルーシーったら…話すんじゃなかった…」

「だって、ゆん、あなた本当に可愛いわ。わたしだってキスしてみたくなっちゃうくらいによ。あなたのお兄ちゃんがそういうこと想像してたとしても不思議じゃないわよ。ふふっ、何か聞きたいことあったらいつでも聞いて。ね」


ルーシーは顔を赤らめて恥ずかしがるゆんを面白そうに見ていた。

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