第101話 ゆんのサマースクール騒動記
「ゆんー!早く早く!こっちに来て手伝って!」
ゆんはサマースクールに来ていた。サマースクールと言っても勉強するわけではなく、保養所で合宿しながら親睦を深めるといった趣旨のものだ。ゆんがサマースクールに参加することを決めたのは、いまひとつ馴染めていないクラスメート達と仲良くなりたかったからだ。数名はこのあいだ誘ってくれて話をしてくれたので、サマースクールに来ることの不安も和らいでいた。みんな気軽にゆんに声をかけてくれていた。
ゆんはこの日は食事当番になっていた。
「料理あんまりしたことないんだよね」
ゆんが言う。
「えーそうなの?」
この間誘ってくれた仲間のリーダー格のルーシーがじゃがいもの皮を剥きながら言う。ゆんはせっせと人参を切っていた。
「インスタントヌードル作るくらいだよ」
「お湯を入れるだけのやつ?」
「違うよ、鍋で煮て作るやつ。でもスープ入れてヌードルを突っ込むだけ」
「あははは。料理出来そうなのに」
「お兄ちゃんが全部作ってくれてたから」
「あー例の」
「うん」
「そのお兄ちゃんてどんだけって話よね」
「え?」
「料理までなんてさ。普通ないでしょ」
「お父さんとお母さんが帰ってくるの遅くて、それでお兄ちゃんがいつも夕食を作ってくれてたの」
「過保護ねー」
「ずっとお兄ちゃんと生きてきたの。お父さんとお母さん忙しいから、わたしの面倒はずっとお兄ちゃんがみてくれてたの」
「んまぁ、そういう家もあるよね」
「で、そのお兄ちゃんの写真持ってきたの?」
「うん」
「後で見せるのよ!」
「わかったって」
二人はそんな話をしながら料理の下ごしらえを続けていた。
「なーに話してるの?」
他の女子がわらわらと集まってくる。
「ちょっとー邪魔しないでよ!」
ルーシーが睨む。
「だって、ゆんがサマースクールに来るとか思わなかったんだもん。みんな気になってるのにさ、なかなか近づけなくて。ねぇ、そうだよね?」
「うん、うん。そうだったんだよ」
皆が口々に言う。
そして自己紹介ラッシュが始まった。
「はいはい、後でゆっくり話そうよ。まずはわたし達に食事の用意させて!」
キレたルーシーが叫ぶとみんな蜘蛛の子をちらすように離れて行った。
「ったく。でもそういうことよ。うちの学校そんなに治安悪くないプライベートスクールだから、わりといいところの坊っちゃんとかお嬢ちゃんが多いから心配しなくていいわよ」
「ルーシーもなの?」
「あーうち?レストラン何軒かあるよ。まぁ、世間的には高級とか言われてるようだけど」
「うわー凄い!そうなんだ」
「ゆんところは?だっていきなりうちに来るのってあんまりないのよ」
「前に言ったでしょ、パパがフォトグラファーだって」
「そうね、うん、聞いたわね。ちょっと待ってよ…ユン・テラモト…え、うそ、あのレン・テラモトがパパなの?」
「あれ、パパのこと知ってるの?」
「あったりまえじゃない!えええ、あのレン・テラモトの娘…」
「そんなに有名なの?」
「何言ってるのよ!なかなか撮らせてくれない大物俳優とかがこぞってお願いするフォトグラファーよ!有名なPCメーカーの写真も撮ってるし、超高級ブランドの写真も撮ってるわ」
「知らなかった。パパそんなこと言わないから」
「え…何か色々ありそうね。後でじっくり聞くわ。とにかくこれ終わらせちゃおう!」
その後ルーシーはテキパキと大量のポトフを仕込むとゆんや他の当番に当たった子達にに指示をだしながらサラダやその他見事に仕上げていった。
「ふふん。わたしの取り柄といったらこれくらいだからね」
ルーシーは満足そうに微笑む。
「凄い…」
「うちを継ぐつもりだからね。現場にも入って修行するつもりだけど、ビジネス方面も勉強しようと思ってるの。苦じゃないのよ。小さい頃からやってきてることだし、大きくなったら他のことも見えてきてるし」
「しっかり先を考えているのね」
「大変な業界なの。クオリティを保ちながら利益も上げるって簡単なことではないの。うちも最初は小さなレストランだったのよ。でもパパの情熱が実ったの。だからそれを壊したくないのよ」
そう語るルーシーは眩しかった。
「で、ゆんはどうするの?」
「本格的に写真をやろうと思ってる」
「そう。わたしと同じね?ふふ、パパの背中を追うのよ。追い越さなくちゃね!」
ルーシーは楽しそうに笑った。
ルーシー指示の元に作った夕食をみんなが綺麗に平らげるとみなそれぞれの部屋に戻ったり、共有のスペースでテレビを見たりゲームをしたりしていた。
ゆんはルーシーと同じ部屋だ。そこに大勢の女子が集っていた。
「部屋に入り切らないじゃないの…」
ルーシーが文句を言う。外には男子もちらほらいて様子を伺っている。
「ほらーそこの男子達。ゆんには好きな人がいるから散っていいよー!」
容赦なかった。
「え、うそうそ、ゆん、好きな人いるの?」
女子たちは大騒ぎだ。
「うん、いるよ」
ゆんはあっさり答える。
「誰、どんな人?」
みんな興味津々だ。
ゆんは仕方ないなとレンにもらった詩音の写真を収めたファイルを取り出す。
「………………」
みんな固まっていた。
「うそ…ヤバすぎじゃない?」
ルーシーがやっと口を開いた。
「みんなどうして固まっちゃってるの?」
ゆんは不思議そうに尋ねる。
「ゆん、どうやってこんなハンサムをゲットしたの???」
一人が尋ねる。
「お兄ちゃんだし。でも血は繋がってなくて。一緒に育ったんだけど…」
「あーーーーわたし達には全くチャンスがないってことなのね!!!」
その場にいた女子達はみながっくりと肩を落とした。
ゆんはそんなみんなの様子をキョトンとして見守るだけだった。そしてルーシーの仲間以外はすごすごと去っていった。
「ルーシー、みんなどうしたの???」
「あんたの好きな人が想像のはるか上行ってたってだけの話よ」
「そ、そうなの?」
「正直凄いわ。多分、元もいいんでしょうけど、レンが撮った写真よね。素晴らしくいいわ。この一枚だけでもゾクゾクする」
ルーシーは中の一枚を指差す。それはレンがスタジオに大伸ばしにして飾っているものだった。
「うん、これはわたしも大好き」
「ねぇ、こんな人と暮らしてたの?」
「あーでもこの姿見たことないの」
「はぁ???」
「ずっとね、前髪伸ばして目を隠してて、キノコみたいな頭だったの」
「なんなのそれ」
「わたしの為だっていって、ずっと目立たないようにしてたの」
「はぁ…あんたただただ愛されてんのね」
「え???」
「こんなにハンサムだったらそのままだとめっちゃ女の子寄ってくるわよ。そういう手間を省きたかったんでしょ?あなたといるために。邪魔されたくなかったんでしょ」
ルーシーはすぐに理解した。
「それで。彼のこと大切にしてるの?」
「ううん…色々あって離れちゃってもう1年会ってないの。でも気持ちはちゃんと伝えた」
「そう。上手く行くといいわね」
ルーシーは優しく笑うとゆんを抱きしめた。
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