第99話 レンとゆりの会話

「ふぅ。めちゃくちゃ美味しかったです!」

詩音は緊張もあった一日がかりの撮影後の想像以上に美味しい夕飯に大満足でそう大将に向かって言った。

「そりゃ良かった!未成年だよな、なんか食いたい時はいつでも来い。昼3時からだったらここにいるから」

「はい、こちらにいる間に友だちと一緒に来ます」

「お?こちらにいる間って?」

「留学するつもりなんです。合格したらだけど」

「あー嬢ちゃんのところに行くつもりかい」

「はい。それよりも前から留学することは目標で決めてたんですけど、彼女がレンさんのところにいるから行くしかないです」

「そうか。まま、いつでもおいで。待ってるぞ」

大将は詩音が気に入ったようだった。

「ありがとう。次回来るときはもっとゆっくり、数日通えるようにするよ。つもる話もあることだし」

「そうだな。レン、お前がそうやって忙しくしてるのは本当に嬉しいよ。ただ体には気をつけるんだぞ」

「お互い様だろう?」

「由奈さんはどうなんだ?」

「元気にしてるよ。娘の世話が楽しくて仕方ないようだ」

「はー色々あったよな。今そんなことになってるとはな。今度は由奈さんも娘も連れてこいよ」

「もちろん」

詩音はそんな二人のやりとりを羨ましく思った。


店を出るとタクシーを拾って詩音の家、野々村家に向かった。

「さっき連絡したら母さんはもう帰ってるって」

「そうか」

「レンさんが父さんと母さんに合うのはどのくらいぶりなんですか?」

「君のお母さんには一昨年会ってるよ。ゆんと由奈の撮影をしたから。でもお父さんに会うのは、彼が出張でロスに来た時以来だな。何年前だろう…」

「そうなんですね」

「大丈夫だよ、心配することはない」

「はい…」

詩音はそれでも心配だったが、なるようにしかならないと腹をくくっていた。


「ただいま。レンさんを連れてきたよ」

詩音はそういいながら家に入る。

「まぁ!レンさん!久しぶりだわ!」

ゆりはレンを招き入れる。

「お久しぶりです。去年はお会いできなくて残念でした」

「そうね、あなたが来ないなんてそれまでなかったから。とにかく入って。居間でゆっくりしていてちょうだい」

ゆりはにこやかに笑うと二人を居間に誘った。

「ご飯は?」

「めちゃくちゃ美味しいご飯をレンさんの友だちのところで御馳走になってきたよ」

「まぁ、そうなのね」

「母さんは?」

「まだだけど、レンさんとお話するほうが先よ。とりあえずコーヒーを淹れるから少し待ってちょうだい」

ゆりはそう言ってコーヒーメーカーをセットする。

「レンさん、今日は詩音を撮影したんでしょ?どうでした?」

「素晴らしかったですよ。クライアントの社長も大満足でした」

「詩音がこんなことをやるなんてね…聞いたときはビックリしすぎてわたしも健さんも何を言っていいのかわからなかったのよ」

ゆりは苦笑する。

「でもわたしの息子は昔からとてもハンサムだったから、わたしとしてはとても嬉しいわ。ふふふ」

ゆりは無邪気に笑う。

「父さんは?」

健の意見を聞いていなかった詩音が尋ねる。

「なんでもやってみればいいって感じだったわよ。ふふっ。レンさん、今日撮った写真見せてもらえるかしら?」

「まだ撮っただけで何もしていないんですが、PCのモニターをスマホで撮影したものならいくつかあるのでそれでよければ」

「何でもいいの。素敵な息子を見てみたいっていう母親の気持ちはせっかちなものなのよ。コーヒーが入ったら見せてちょうだいね」

ゆりはコーヒーの用意が出来ると居間のテーブルに運んだ。

「さて、と。まず写真を見せていただけるかしら?」

ゆりは待ちきれないという様子でレンに言う。

「ざっとみて良いと思ったものを参考に撮ってみたものです」

レンはスマホの画面を見せる。

ゆりは嬉しそうに写真をスワイプしながらどんどん見ていく。

「ふふっ、とても素敵ね、詩音」

ゆりはとても嬉しそうだった。

「母さん、恥ずかしいんだけど」

「どうして?あなたはもともとこんな顔だし、それを最大限に生かして撮ってくれたレンさんも素晴らしいわ。こんな息子を一度見てみたかったのよ」

ゆりは軽やかに笑う。

「詩音、何があなたを変えたの?」

「ゆんが。俺が考えていたゆんを守る方法は違うのかもしれないと気付いたから」

「ごちゃごちゃとは聞かないわ。あなたがゆんのことを好きなのはずっとわかっていた。あなたもそうわたし達に言った。でもゆんは悩んでいた。そしてわたし達の元を離れてしまったそれで今はどうなの?」

「ゆんも…素直に気持ちを伝えてくれたよ」

そういって詩音はゆんからの手紙をゆりに渡そうとする。

「わたしが読む必要はないわよ、詩音。それはあなたが一生大切にするべきもの、何かあるたびにあなたが読み返して考えるべきものよ」

そう言ってゆりは詩音の手を押し返した。

「レンさん、ゆんの様子はどうなのかしら」

「だんだんあちらの生活にも慣れてきているようです。今はサマースクールに行っています。今回一緒に連れてこようと思ったんですが、先にサマースクールに申し込んでいたのと、あちらのクラスメートとも仲良くなりたいと言ってそちらをとりました。多分、まだ詩音君に直接会う心の準備が出来ていなかったのでしょう。ゆんの不安定な感情は由奈がしっかり受け止めています。今は決心がついたようで、わたしの助手になりたいということも言っています」

「まぁ、ゆんがあなたと同じ写真をやりたいと?」

「もう始めていますよ。それはここに居た時から始まっていたようです」

レンは詩音に視線を向けながら言う。

「あぁ、土曜日のあれね。ゆんがいくらか写真を見せてくれたわ。とても素敵な、自然に笑う詩音の写真がたくさんあったわ」

ゆりは思い出しながら言う。

「でも…やはりレンさんの撮った詩音は本当にいいわね」

「ゆんは僕に食らいつくつもりですよ」

レンは笑いながら言う。

「野々村詩音は特別だから、彼の横にいても批判されない女性ひとになりたいと僕に言ったんです」

ゆりと詩音は驚いた。

「ゆんが、ゆんがそう言ったんですか?」

ゆりが尋ねる。

「はい。写真を教える大学に進みたいとも考えているけど、僕の助手として腕を磨くほうがいいんじゃないかというようなことを言っています。僕はどちらでもいいと思っています。ただ、僕の助手で娘という親の七光りを嫌うのであれば、大学にいかせようと考えています。ゆんも自分の力で詩音くんに見合うところに立っていたいようです」

「ゆんはただ俺のそばにいるだけでいいのに…」

「そんなわけにはいかないんだよ、ゆんからすれば。ゆん自身のプライドもある。あの子は君の横でお飾りとして立っているようなことはしたくないんだ。ゆんも色々と考えているよ」

「それでこそわたしの娘だわ!」

ゆりが言った。

「レンさん、それを聞いてとても嬉しいわ。詩音はともかく、ゆんがこの先どうしたいのか今まで何も言わなかったの。もちろんまだそんなことを本格的に考える年齢でもなかったのはわかっていたけれど。そう、ゆんも歩きだしているのね。そこに立ち会えないのは寂しいけれど、由奈が、わたしにゆんを託してくれた由奈が今ゆんのそばにいると思うと何も心配はしていないの。わたしの大切な娘よ。そして由奈が生んだ娘よ。わたしは詩音しか産まなかったから、娘を育てることがとても楽しかった。ゆんは大切な友人の本当の娘だけど、とても愛らしくて、ゆんを育てた17年という月日、ゆんを他人の娘だと思ったことは一度もないわ。由奈が託してくれたときからわたしの娘だった。その娘がやりたいことを見つけて好きな詩音の横に立つために頑張りたいと言うなんてね…わたしは詩音もゆんも失わなくてすむのだと思うと嬉しくて仕方ないのよ」

「母さん…」

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