第98話 レンの友だち
「あ、でも母さんも父さんも帰宅が遅いんでまだ帰ってないと思います」
一緒にタクシーに乗ろうと声を書けたレンに詩音は言う。
「そうなんだね。じゃあ、どこかで食事でもしよう」
レンはそう言った。
ジェフと今日の詰めをするというニールとブレンダ、そしてTWTのスタッフ以外のメンバーは打ち上げをしようと詩音とレンも誘ってきたのだが、そのスタッフ達を残してレンは詩音をとある店に連れて行った。
「時々仕事で日本に来ることもあるんだよ。そしてここは昔から、僕がどうしようもない頃からよく来てる店なんだ。まだ営業前だけど大丈夫だから」
笑いながら店の扉を開ける。
「レンじゃないか!日本に来てたのか!」
店の主人が声をかける。
「あぁ、明日には帰るんだけど」
「また急だな。仕事かい?」
「今日無事終わったよ」
久しぶりの再開にレンと大将はがっちり握手して笑い合う。
「それで、その子は?」
大将は詩音を見て言う。
「あぁ、とても大切な家族の一人だよ。彼は未成年だから酒はダメだよ。僕も今日は飲まない。そのかわり、久しぶりに大将自慢の美味しいごはんを適当に頼みたいんだけど」
「了解、了解」
大将はそれ以上何も聞かずに奥に消えた。
「飲み屋だけどね、彼の作るご飯は本当に美味しいんだ。僕がまともに稼げなかったころ、いつも心配してご飯を食べさせてくれてたんだ。長い付き合いなんだだ。今じゃ日本でつながりがあるのは彼だけと言ってもいいかもしれない」
「大切な友人なんですね」
「そうだな…確かに。大学の同級生だったんだ。彼はバイトでこういうことをしてたんだけど、そのままこっちに進んだんだ。地味かもしれないけど、知る人ぞ知る素晴らしい店なんだよ。有名な芸能人や政治家がお忍びで訪れるんだ」
レンは楽しそうに笑う。
「こんな友だちがいて良かったと今でも思ってるんだ」
「俺はそのあたりすっぽり抜け落ちてました」
詩音は言う。
「ゆんのためだと自分の本当の姿をずっと隠してたから」
「ゆんはそれを望んでいたわけではないんだろう?」
「今思えばそうですね。俺が考えてしていたことでした」
「友だちはいないのかい?」
「います。ゆんの親友でずっと俺たち兄妹を守ってくれてるたくましい女の子と、その彼氏。彼は同級生で、ずっと俺のことを観察してたらしくて。最初はウザいなって思ってたけど、話してみたらいいヤツだったんです。そいつだけが俺は何か隠してるってずっと探ってたんです。俺に興味を持つやつがいるなんて思ってもなかったんですけど。気がついたら彼に話しかけたりするようになってました」
「そうか。ゆんも知っている人かい?」
「はい。ゆんはロスに行く前に二人に会ったそうです」
「そうか。ゆんが心を許してるってことだね?」
「そうですね」
レンは一呼吸置いて詩音に尋ねる。
「ゆんは、ゆんの正直な気持ちを書いていたのかい?」
「はい」
「そして君はそれを受け止めるんだね?」
「もちろんです。ずっと待っていたんだから」
「ならいいんだ。元々わたし達も野々村さんたちも反対などしていない。ただ、どこでどうなるかはわたし達にも全くわからなかった」
「申し訳ないです…俺が…」
「いいんだよ。時間が必要だったんだ。そう思っている。そのおかげでゆんがわたし達の元に来てくれたのもある意味奇跡だと思っているんだ。ゆんを手元に置くことなど考えてはいけないことだったんだ。野々村さんに託したから。それなのにゆんが自分からこちらに来たいと連絡してきたときには本当に驚いたんだ。何かあったんだな、でも助けを求めているのなら無条件に助けようと思って引き受けることにしたんだ。そのかわり、君たちを引き離すことになってしまった」
「俺も今はそれは必要なことだったんだと思っています。一緒にいたまままでは俺の気持ちを押し付けてしまうと思って隠してしまったかもしれないし、ゆんもこうして素直に言ってくれることもなかったと思います」
「ゆんを愛しているんだね」
「ずっと前から。まだ好きとしか言ってないけど。今度会ったときに俺がちゃんと言わないと」
「そうだね」
レンは優しく微笑みつつ詩音の肩をたたきながら言う。
「ゆんは待っていると思うよ」
二人の会話が落ち着いたところで店の大将が小皿をたくさん運んで来る。
「レンが食わせろっていうのは久しぶりだからな。レンの好きなものと、最近の新作も作ってみたよ。遠慮せずにどんどん食べてくれ。君はまだ若いからたくさん食べるだろ?」
詩音を見ながら言う。
「はい!」
詩音の勢いのよい返事を聞いて大将もニッコリする。
「彼は…僕たちが僕たちの子供を手放してしまったことも知っているんだ。僕の事情を知っているのは彼だけなんだ」
それを聞いて料理にがっつきながら詩音はあっさりと言う。
「もう大丈夫です。レンさんの娘は僕がこの先もずっと大切にするから」
大将は面白そうに笑う。
「レン、彼は何者なんだい?」
「娘婿。だけどずっとゆんの兄だった」
「ぶっっっっっっ!は?何かい、預けた先の兄貴?そこまで話が進んでるのかよ!お前の娘何歳だっけか」
「17だよ」
「じゃ彼は?」
「18」
「気の早いことで…」
「俺、15くらいの時にはもう決めてましたから」
大将は唖然とするしかなかった。
「なぁ、嬢ちゃんはそんなに可愛いのか?」
「全てにおいて。この世の誰よりも」
「若いって凄いな…早まった判断じゃないことを祈るわ。ま、食事を楽しんでくれよ」
そういうと大将は頭をかきながらカウンターに戻っていった。
「悪気はないんだよ」
レンは言う。
「わかってますって。俺の年齢でこういったことを決めてしまう人は少ないと思うんで」
「ありがとう、そう言ってくれて。それでだ、僕からの提案もあるんだけど、それは後野々村さんに会った時に話すよ。とりあえずこれを全部平らげよう」
レンはいたずらな笑みを浮かべながら「食べるぞ!」と言って箸を進めた。
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