第96話 詩音の撮影が始まった

都内の撮影スタジオに全員が揃った。


「これから来年春にリリースされる、Into The CaveとTWTのコラボレーション企画のためのプロモーション写真の撮影を行う。事前に打ち合わせした通り、用意した服と時計を最大限に活かす方向で、その都度調整しながら進めて欲しい。意見のあるものは遠慮せずに言うように。いいね」


ジェフは彼の持つカリスマ性を発揮していた。


「撮影はミスター・レン・テラモトだ。この中で彼のことを知らないものは誰もいないだろう。うちのような新興アパレルの広告を撮ってもらえるような人ではないのにかかわらず、今回は受けて下さった。彼の起用が間違っていなかったと、それ以上だと思われる結果を出すよう励んで欲しい」


「そしてこちらはシオン・ノノムラ。この企画のために抜擢したモデルだ」

詩音は少し緊張した面持ちで挨拶する。

「ハイ、シオンです。頑張ります」

詩音の出で立ちに皆すでに惚れ込んでいた。ただそこに立っているだけでも目を引く若者。背も高く、スタイルもいい。そして何より誰がみてもハンサムというしかない顔立ち。快活に笑うけれど、低姿勢でマナーも良い。

「それじゃ始めようか。まず、シオンに服を着せてみて」

ジェフは言った。

まだ極秘の春用の衣装をスタッフが用意する。詩音は服のことはよくわからないからなすがままにされる。しかし、一度詩音が着てしまえば誰もが納得だった。

「凄い…」

ブレンダが言う。

「思ってた以上だわ…」

すでにブレンダはうっとりしていた。

カイルはクライアントの意向も抑えつつ、詩音を一番格好良く見せるヘアスタイルをセットする。メイクも彼は出来る。だから起用されたのだ。

「詩音、自分を信じて。大丈夫だよ。見た目は僕たちだって手伝える」

カイルは言う。

「ありがとう。君が来てくれてすごくホッとしてるんだ」

詩音はカイルに笑いながら言う。

「ほんと君って…応援せずにはいられないじゃん」

カイルも笑って答える。

「セシルも報告楽しみにしてるんだよ」

「じゃ、頑張らなくちゃ!」

カイルはうんうんとうなずいていた。


「それじゃ行くよ」

レンは冷静に声をかけて詩音にポーズの指示を出す。

まずは、ストリートファッション系の撮影。

「君が得意なバスケットボールの動作を」

レンに言われるまま詩音はやってみる。

「いいよ、そうだ、そう。時計を見せつけるようにポーズ取ってみて」

皆が素晴らしいと思っているなか、レンとジェフは表情が硬いとNGを出す。

「もっとなんていうか自然な表情が欲しい」

ジェフが言う。

「同じ意見だ」

レンも言う。

「緊張だけじゃないよね、自分を開放して」

「はい」

詩音は何度も動作を繰り返す。

「少し休憩を入れよう」

ジェフが少し苦々しい表情で言う。


レンは詩音の控室に出向いた。

「緊張してる?」

「はい…」

「作らなくていいんだよ。わたし達が望んでいるのはそこなんだけどな」

「まだこういうの慣れなくて…」

「それはわかるよ。でもあのポートレートを取ったときの君とは違う」

「あの時はなんというか開放感がすごくあって…」

レンは考える。撮影が全て終わってからにしようと思っていた。しかし…おそらく詩音の心を開放するにはゆんの手紙しかないのだろうとふと頭をよぎったのだ。

「詩音君、これを君に渡さなくてはならない。こちらに来る前に渡すものがあると言ったのを覚えているかい?」

「あ…そうでした…」

「思い出したかい?」

レンはカバンの中から一つの封筒を取り出す。

詩音は封筒を見てすぐにわかった。ゆんだ…

「ゆんがわたしに託したんだ。郵送するよりも、僕が直接詩音君に渡してくれるように」

「ゆん…が…」

「そうだ。ゆんは心を決めたようだよ。これからのことも考え始めている」

「そう…なんですね…」

「君にふさわしい女性ひとになりたいって言ったよ」

レンは穏やかに言う。

詩音はただただ驚いた表情でレンを見つめる。

「ゆんの手紙を読んでみなさい」

「は…い…」

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