第95話 詩音の撮影前の出来事

7月末日、ロスアンジェルスの空港にレンはいた。Into The Caveの社長、ジェフ、そして今回の企画チームのスタッフ数名、時計ブランドTWT(Time Will Tell) Ltd.のスタッフと共に。そして、詩音に聞いてヘアスタイリストとしてカイル・リアンも同行していた。


「楽しみですね」

レンは言う。

「期待していますよ。彼が本物なのか自分の目で確かめますよ」

ジェフは答える。

TWTのスタッフも詩音のポートレートがいたく気に入った模様で、

「うちの広告にも起用したいとも思っているんだが」

と言う。

「もうすぐわかりますよ。彼がどんな人物なのか」

レンは面白そうに言う。

総勢7名の一行は東京への便に乗り込んだ。


その前日の夜、レンはゆんから詩音への手紙を受け取っていた。

「これを渡せばいいんだね?」

「うん」

「これでちゃんと伝わるのかい?」

「伝わると思う」

「わかった。ちゃんと届けるよ」

「ありがとう、パパ」

ゆんはすっきりした顔をしていた。だからレンは大丈夫だと思った。

「パパの写真楽しみにしてる。わたしもいつかパパみたいにお兄ちゃんを撮ってみたいと思っているの」

「それじゃ、お手本以上のものを撮ってこなくてはならないね」

「ハードル上げちゃうのね」

「くらいついてくるつもりなんだろう?」

「うん。それがわたしのやりたいことだってわかったから」

「それについては帰ってからまたゆっくり話そう。いいね?」

「うん。待ってるね」

ゆんは何かを決心したのであろう、とレンは思った。

ゆんがとても穏やかな表情をしていたから。


成田空港から一行は都心のホテルに移動してチェックインした。チェクイン後にホテルのミーティングルームに集まり段取りを確認する。Into Thr Cave及びTWTの東京支社のスタッフも集まっていた。事前準備は滞りなく出来ていることが報告された。


「それでは明日の撮影に備えてゆっくり休んで下さい」

ジェフは全員に告げる。

「レンはもう少し僕と詰めて下さい」

「了解」

そして解散した。


残ったジェフとレンはコンセプトについての最終確認とそれぞれの狙いを話し合った。


「彼はこちらの思っている通りに出来るかな」

ジェフは言う。

「おそらくそれ以上のものが来ると思います」

「ほほう。そう言い切れる根拠は?」

「彼の本来の姿を取り戻すことが出来ればね」

レンはニヤリと笑う。

「何かあるようですね」

「最終判断は彼に委ねますけどね」

「レン、隠し事はしないでもらいたいな」

「明日になればわかるから、そうカリカリしないで」

レンはただそういうばかりだった。


レンは詩音に電話した。

「詩音君、レンだ。東京に着いたよ」

「長時間のフライトお疲れ様です」

「こちらの準備は万端だ」

「はい」

「緊張しないでいいよ、僕が撮るからね」

「はい」

「明日渡したいものがあるから、もし僕が忘れていたら必ず尋ねてくれたまえ。いいかい?」

「何ですか?」

「おそらく君が今一番待っているものだよ」

レンは電話の向こうで楽しそうに笑っている。

「それじゃ明日会おう。僕もとても楽しみにしているんだ」

そういうとレンは電話を切った。


ゆんはサマースクールに行く準備を終えて忘れ物はないよねとチェックしていた。

日本に行くと言えば行けたのだろう。そしてお兄ちゃんに会うことが出来たよね…でも、気持ちが伝わる前には会いたくなかった。直接伝えることもこわくて出来なかった。だから…ただ今はあの手紙が届いて…自分の気持ちが届くよう祈るしかなかった。


そしてもし伝わったとしても…その後のことは全く頭になかった。ただ、好きという気持ちが伝わってほしかった。

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