第94話 ゆんの手紙(8月)

6月から夏休みに入っているゆんは暇を持て余していて、カメラをもって出かけるのが習慣になっていた。近所を散歩しながら撮ることもあれば、バスにのって遠出してみることもあった。撮影した写真はレンの時間があるときに見てもらいながらアドバイスをもらっていた。

「パパ、写真って本当に面白いの」

「そうかい?」

「まだこうしたいって思うものが撮れていないことのほうが多いけど、とても楽しい」

「そうだね、あとでソフトでいくらでも修正出来る時代だけど、元々撮ったものがひどかったらどうにもならないからね」

「うん、そう思う」

レンはゆんの撮った写真を丁寧にみながらこうしたほうがいい、これはここを考えたほうがいいと真剣に教えていた。

「ねぇ、パパ。写真の勉強の学校に行こうかとも考えてはいるんだけど、パパのところで勉強出来ないかなとも思っているんだけど」

「ゆんのしたいようにするといいよ。僕は大歓迎だよ」

「本当に?」

「うん。ヘンリーもそろそろ独り立ちさせてあげたいんだ」

「うん。彼の写真も独特のものがあって好き」

「ヘンリーが聞いたら喜ぶよ」

「パパ、わたしなんでもする。お茶くみでもなんでも」

「ゆん、何を考えているんだい?」

レンは面白そうにゆんを見つめながらゆんの答えを待っていた。

「わたしね、お兄ちゃんが…野々村詩音が好きなの」

「うん、それはわかっているよ。それでこちらに来たんだろう?」

「うん。わたしもやっとわかったの。それでね、お兄ちゃんは今もっと前に進もうとしているでしょ?それなら…お兄ちゃんに見合う女性ひとになりたいの。でもわたしにはまだ何もないの…」

「ゆんはゆんのままでいいんじゃないか?」

「ううん、それじゃダメなの。お兄ちゃんは特別なの。だから…お兄ちゃんの横にいるためには自分も見合うようにならないと…」

「ゆん、無理することはないと思うよ。詩音君はどんなゆんでも受け入れると思うけど?」

「でもそれじゃダメなの。野々村詩音の横にいて批判されない女性ひとになりたいの」

「そう思っているんだね。それでゆんの気持ちをちゃんと伝えたのかい?」

「それは…パパにお願いしようと思っているの」

「どういうことだい?」

「パパはお兄ちゃんに会うでしょ。そしてお兄ちゃんを素敵に撮るでしょ?」

「プレッシャーだな」

「だから…郵送するよりパパから直接お兄ちゃんに手紙を渡して欲しいの。パパはもうわたしの気持ちも知ってる…パパが渡してくれるなら…お兄ちゃんもわかると思うの。誰も反対していないって」

「もちろんだよ。野々村さん達もそれをずっと望んでいるんだよ。たけるさんなんか、どうせ野々村姓になるんだから変えなくてもいいじゃないかって言ってたんだよ」

「え…うそ…お父さんそんなことを?」

「そうだよ。ゆん。君が思っているより、わたし達も野々村さんたちも君たち二人のことをずっと考えながら見守っているんだよ」

ゆんは自分の浅はかさに今更ながら後悔の念が湧き上がってくる。

「わたし…わたし…本当にバカだったのね…」

「ゆん、でもこれは君たち二人が解決するべき問題だったのはわかるね?わたし達がどう思っていようと君たち二人がちゃんと向き合わない限りどうにもならないこともわかっていたんだ。だから、わたし達はゆんを引き受けたし、野々村さんたちは君を僕たちに託したんだ」

「パパ…」

「ゆん、きちんと君の思いを書きなさい。そしてそれを僕はちゃんと詩音君に届けるよ。いいね?」

「うん…今度は悔いのないように書く…」

「書けたら僕が日本に行く前にちゃんと手渡してくれるね?」

「うん…」

ゆんはかすかにうなずくのがやっとだった。


ゆんは自分の部屋に戻り、そしていつものレターセットを取り出した。

そして、自分の気持ちに気付いたときに決めていたこと。それを書きつけようとペンを取る。


野々村詩音様


最初に言わなければならないことは、本当に嬉しかった…この一言です。


そしてわたしがただただ伝えたいことがあります。

わたしは本当にバカでした。自分のことしか見えていなかったんです。そして、あれから1年が過ぎる今、一番大切な気持ちを伝えたいのです。


それはとてもシンプルなもので、そしてわたしが忘れてはいけないものでした。


お兄ちゃんがプレイリストで気持ちを残してくれたように…わたしもわたしの言葉では上手く伝えられないから、お兄ちゃんと同じようにこの曲にわたしの気持ちを託します。


お兄ちゃんもわたしもだいすきな清竜人くんの曲を送ります。


「好き」という曲を聞いて下さい。


これがわたしの野々村詩音に対する全ての気持ちです。

ゆんはいま17歳です。

この曲のサブタイトルと同じ年です。

まだまだ子供です…

それでも…野々村詩音という人をいつも思っています。


寺本ゆん

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