第93話 二人の気持ち
久しぶりの夏休みの登校日。サマースクールについての説明があるというのでゆんは学校に来ていた。ゆんにクラスメートが話しかけてきた。
「ゆん、今日も帰りはママが来るの?」
「うん」
「たまにはちょっと寄り道して帰らない?」
「ええ?」
「たいしたことじゃないわよ、ちょっとそのへんでバーガーでも食べておしゃべりしないってことよ」
まわりの数名もうんうん、と首を縦に振る。
「みんなあなたのことが気になって仕方がないの。どう?」
「うん、いいよ。ママには電話して解散するくらいに来てもらうようにする」
「やっほー!ゆんがいいって!」
そして説明会が終わった昼、ゆんとクラスメート3人の合わせて4人は学校近くのバーガーショップに駆け込んだ。それぞれ好きなものを注文してテーブルに落ち着く。
「みんなね、あなたのことが気になって仕方ないのに、ゆっくり話をしたことがなくてチャンスを伺ってたのよ」
「え、どうして?」
「だってー可愛いんだもん」
「わたしが?」
「アジア人だけど、背は高いし、プロポーションもいいし、モデルか何かやってるんじゃないかってみんな噂してるのよ。知らなかった?」
「え、全然知らないよ」
「またまたー。それで今日は色々聞きたいってわけ」
「別に普通に暮らしてるだけだよ?」
「んじゃ、まずモデルとかそういうのはやってないのね?」
「うん。全然。全く。完全に無縁」
「もったいないね」
3人はうんうんとうなずく。
「それから、これ男子に聞いてきてって頼まれてるんだけど、ボーイフレンドはいるの?」
「ボーイフレンドはいないけど、好きな人はいる」
「え、学校に?」
「ううん、日本に」
「なんだぁ…男子全滅ね」
「ねね、その好きな人ってどんな人なの?」
「世界一かっこいいと思ってる」
「うわ…言うなぁ」
「ほんとだよ?」
「よしよし、そういうことにしといてあげる」
「ほんとなんだってば」
「写真持ってないの?」
「あー家にある」
「今度見せてよ!」
「うん…今度持ってくる」
「そっか、で、ハイスクール出た後どうするか決めてる?」
「うん、一応写真教えてくれるところに行こうと思ってて」
「写真???」
「うん。パパがフォトグラファーなの」
「え、そうなんだ」
「うん。だから趣味も写真を撮ることだよ。まだ全然わかってないけど勉強中」
「外見に似合わない趣味してんのね」
「あでさ、ゆん17歳なの?」
「うん」
「高2に編入したのはどうして?」
「だって英語も大変だし…」
「あ、そっか。でもこういう会話は大丈夫じゃない?」
「日本のお母さんが英語スクールの先生なの」
「なるほどね。たまにくる留学生より上手だと思ってたらそうだったのね」
「それじゃ、みんなのことも教えてくれる?」
「もちろん!」
そして女子トークは2時間くらい続くこととなった。
それぞれの趣味や進路のこと、さらにはボーイフレンドの話、ませた少女達は彼女たちの経験談まで披露してゆんを真っ赤にさせた。彼女たちはサバサバとそれらを語り、あれ、ゆんってまだなの?とあっけらかんと言った。
「あれ、日本って結構そっちもおさかんなんじゃなかったっけ?」
「そんなことないよぉ」
「ゆんほどの外見ならとっくに経験済みかと思ってた」
「見た目はあてにならないってば!」
ゆんは口をパクパクさせる。
「あははは、わかったわかった。ほんとに箱入り娘なのね」
「っていうかお兄ちゃん子」
「は?」
「お兄ちゃんがずっと一緒だったから」
「あーそのお兄ちゃんが全ての敵をけ散らかしていたと」
「まぁ、そいうことかな」
「ふぅん。お兄ちゃんってどんな人なの?」
「だから世界で一番カッコいいんだってば」
「あれ?ゆんが好きなのってお兄ちゃんなの?」
「あ、血はつながってないの」
「あー大丈夫大丈夫。こっちではよくあることだから。お父さんお母さんが違うとか連れ子同士で一緒になったとか。いいんじゃない?あなたのことをよくわかってるんでしょ?」
「うん」
「そっか。お兄ちゃんがライバルならみんな無理ね」
「そうだね。うちの学校の男子達かわいそうに」
「じゃ、サマースクールの時そのお兄ちゃんの写真見せてよね!いい?」
「わかった」
ゆんは素直にお兄ちゃんが好きと人に話したのは初めてだった。そしてそれが難しいことではないと知った。
ゆんは由奈に電話して迎えに来てもらうよう頼んだ。
由奈が到着するまでみんな一緒に店の前でおしゃべりもしてくれた。
「ゆん、楽しかったわ!時々こうして遊ぼうね」
「うん、ありがとう。誘ってくれて」
「じゃサマースクールでね!」
ゆんは由奈の車に乗り込んだ。
「随分と楽しそうだったわね」
「うん、クラスメートなの。初めて誘ってくれたの」
「よかったわ。サマースクールも一緒なの?」
「うん。みんな参加するって」
「そう。じゃその前に仲良くなれて良かったわね。ゆん心配してたじゃない?」
「うん。遅くなるの心配だったけどありがとう、ママ」
「大丈夫よ、問題ないわ。連絡さえしてくれればちゃんと迎えにくるから」
「うん」
「あ、そうそうまたお手紙届いてたわよ」
「え、本当に?」
「ええ。いつもの封筒のお手紙よ」
ゆんはドキドキし始める。何が書かれているんだろう…
「詩音君よね、差出人は」
「うん」
「泣いてわたしに読んでって言ったことがあったわよね。あれからきちんと気持ちを伝えられているの?」
「少しずつは…」
「そう、ならいいんだけど。ゆんが泣くのを見たくないわ」
「大丈夫…」
「手紙はあなたの部屋に置いてあるから、帰ったらゆっくり読むのよ」
「うん」
由奈のドライブで学校から家に戻ったゆんは急いで自分の部屋に行き、深呼吸を何度もする。みなれた封筒を目の前にして落ち着け、落ち着けと念じる。そして封を切る。
ゆんは何度も何度も読み返す、嬉しくて信じられなくて、何度も読み返す。読み返しているうちに涙で詩音の文字が読めなくなっていった。
お兄ちゃんはわたしのことを好きだと書いてくれてる。正確には好きでいても構わないだろうか、だけど。ここに来たい理由の一つがわたしがここにいるからとも書いてある。
ゆんは嬉しくて嬉しくて仕方なかった。自分はこの言葉が欲しかったんだと、聞きたかったんだと今更ながらに思い知った。どうして素直になれなかったんだろう…この1年という二人の空白の時間を作ってしまったのは自分でもあるのに、お兄ちゃんはわたしを責めることを一切せずに自分が悪かったと思ってる。
ゆんは自分の気持ちを知った時に決めていたことがあった。自分の気持ちを伝えなければと思っていた。
そしてそれは日本で直接詩音に会うレンに託すことに決めていた。
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