第92話 レンとジェフリー・ミケルソン

「レン、アポ無しだけど会いたいって人が来てるんですが」

7月上旬のある日の午後3時、助手のヘンリーがレンに伝えにやって来た。

「珍しいね。誰なんだい?」

「Into The Caveのジェフリー・ミケルソンと言っています」

「おやおや。社長自らやって来るとはね。通して構わないよ。そうだね、1階のフリースペースへ」

「はい。わかりました」

1階のフリースペースは話をしたりするときや、マネージャーやスタッフの待ち時間に使ってもらったりしているゆったりとした空間だ。

レンが1階に降りてくるとジェフは立ったまま飾ってある詩音の写真を眺めていた。

「社長自らここに来るとは思いもしませんでしたよ。何か問題でも?」

「いや、もう少し詳しく詩音のことを知りたいと思って。僕も日本の撮影に着いていくことにしたので」

「おや、君ほどの人間が自ら?」

「面白そうなことには目がないんです」

「噂には聞いているよ」

「まずは、撮影した詩音の写真を全部見せてもらえませんか?」

「ヘンリーに持ってこさせよう」

レンは2階のオフィスに内線をかけてヘンリーに伝える。

レンはジェフにソファに座るようすすめる。

「ほとんどのことは聞いたんでしょう?」

「ええ、うちの日本支社の責任者が会いましたから」

「それで詩音の条件はのんだと僕も聞いたよ」

「面白い条件でした」

「レン、君がここに詩音の写真を飾っているのはこういうこともあると見越してのことだったんですか?」

「まぁ、そういうことになるね」

「でも彼は受けないと最初に聞いていたんだけど」

「あぁ、詩音に直接言った場合絶対蹴られてたと思うよ」

「そういう意味だったんですか」

「だから僕がけしかけた」

そう言ってレンは笑う。

「詩音は実にフォトジェニックで素晴らしい。多くのモデルや俳優を撮影しているが、彼らと同等かそれ以上の何かを写真の中でも表現出来る力が備わっている。この写真を撮った時がこういったポートレート撮影は初めてだったにもかかわらず、すこし指示をだすとすぐにこなすようになった。とても楽しい撮影だったんだ。わくわくしていたよ。でも彼のことは会ったことはなくても前々から知っていたから、モデルやそちらには全く興味もなくそちらに進む気もないというのは明らかだった。でもまだ彼は若い。もったいないと思っていたんだ」

「なるほど。確かにそうですね。これほどの人物を表に出さずにおくのはもったいない」

そこへ、ヘンリーがマックブックを抱えてやって来た。

「お持ちしました」

「ヘンリーありがとう。コーヒーもお願い出来るかな?」

「もちろんです」

ヘンリーが歩いていくとレンはジェフにマックブックを見せる。

「楽しくて結構撮ったんでね、いじってないもののほうが多いけど、それが見たかったんでしょう?」

「そうです。撮影中のプロセスが見たかった」

そう言うとジェフは最初の一枚から順に見ていく。

「凄い。明らかに最初から比べるとどんどん良くなって行きますね」

「そうなんだ。少しこうしてみて、と指示してみただけなんだけどね」

「飲み込みも早いんだな」

「頭も良い子なんですよ」

「UCLAに留学生として1年目から行こうとするくらいだからそれはそうでしょうね。相当良い成績を残していないと無理だ」

「彼が音楽を始めたのは?」

「それはうちの娘に聞くといいですよ」

「娘?娘がいると聞いたことはないですよ?」

「詩音君の妹として育ったんです。色々あって今は生みの親のわたし達の元にいます。今年の春こちらに来たんです。ゆんは詩音君の全てを知っています」

「ほう」

ジェフは面白そうに目を細めた。

その時、由奈とゆんが帰ってきた。

「パパ、ただいま。あれ、お客様なの?」

「ゆん、こっちへおいで」

「はい」

ジェフはゆんの姿にも驚いていた。170センチ近いスラリとしながらもプロポーションの良い非常に可愛い少女だった。

「これがレンの娘さん?」

「そうです。ゆん、こちらはInto The Caveの社長、ジェフリーだ」

「ハロー」

「ちょっと待って。えっと、君は詩音と一緒に育ったのかい?」

「はい」

ジェフは詩音とゆんが並んだ姿を想像していた。これはやばいな。しかし、ジェフは詩音が今の姿になってからゆんと並んだことはないのを知らなかった。

「あ、えっと、詩音について少し聞きたいことがあるんだけど」

「はい」

「彼はいつから音楽をやっているんだい?」

「んーっと、中学生のときから。中学でのめりこんじゃったから、高校に上がった時、作業場が欲しいっていって、一部屋とっちゃったくらいです」

「ジェレミーとはどうやって知り合ったんだい?」

「んっと、サウンドクラウドに曲上げてたらジェレミーがたまたま見つけてコンタクトしてきたって言ってました。お兄ちゃんが高校1年、15歳位だったからおもしろかったみたいでそれからずっとやり取り続けてるいたいです」

「そうか。そんなに前から」

「はい」

「ありがとう」

「あの…Into The Caveってなんの会社なんですか?」

ジェフはずっこける。

「あー若者向けのアパレルブランドなんだけど…」

「あ…わたしうとくって…」

「学校で聞いてみてくれないかな」

「はい、聞いてみます」

そう言うとゆんは由奈のいる3階に上がっていった。

「なるほど。音楽のキャリアも大丈夫そうだな」

「それが知りたかったんですか?」

「それもあります。僕たちのようなブランドは、周りの若者カルチャーとの連動も大切なので、そこをきっちり抑えておかないといけないんです。プロモーションに音楽は欠かせません。だから詩音の条件はのんだけれど、大丈夫なのかどうかも自分で確認しておかないと」

「なるほど。詩音はジェレミーに応援を頼むのでは?」

「そうなるとさらに良いですね」


「コーヒー頼んでたんでしょ?わたしが持ってきちゃった」

ゆんがコーヒーを運んできた。

「ゆん、ありがとう」

「これくらいわたしにも出来るもん」

ゆんはニコニコ答える。

やばいな、可愛いな…この子もモデル並みか以上じゃないか。

「ゆん、君は日本には行かないのかい?」

「え?あ、撮影のことですか?行きません。サマースクールに先に申し込んじゃってて」

「来て欲しいんだけどな」

「いやいや、いいですよ。パパが撮るんだもん、全て任せておっけーです」

そういうとゆんはその場を後にした。

「どうして彼女はここに来たんですか?」

「まぁ色々とあったんだ。わたし達もまさかここに来るとゆん自身が決めて連絡をしてくるとは思ってもいなかったんだ」

「詩音はどう思っているんですか?」

「もちろん寂しく思っているだろう。ゆんが生まれてからずっと一緒だったんだから」

「ふむ…」

勘の良いジェフは何かあるなと思ったものの、それが今回のプロジェクトの支障にはならないとふんで、これ以上追求することはせずにおこうと思った。

「あ、それで今日こちらに伺ったのは、日本での撮影スケジュールが決定したので、その計画書に日程表、それと航空券をお渡しするためでもあるんです」

「あぁ、日程が決まったんだね」

「詩音は夏休みに入ってるからいつでもいいということだったので、8月の初めに決めました。よろしくお願いします」

「撮影スタジオなどは?」

「それもすでに抑えてあります」

「わかった」

ジェフは分厚い封筒をレンに渡しながら言う。

「それでは空港で会いましょう」

レンとジェフはがっちり握手をした。










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