第91話 1年が過ぎようとしている

「せんぱーい!」

バスに乗り込むと花梨が声をかけてくる。

「先輩、夏休みどこかに行ったりしないんですか?」

「行く予定はないよ」

「ふぅん、またアメリカ行くのかと思ってた」

「いや、用事はあるんだけど、こっちでやるから」

「え、何々?何なんですか?」

「言っちゃダメなんだ」

「へぇー。怪しいな」

「別に怪しいことじゃないぞ」

「ね、もうすぐ1年経ちますね」

「あぁ、そうだな」

「ゆんからの返事は?」

「あ、ちょっと色々あって数日前に送ったところ」

「そうなんですね。ゆん、こっちに帰ってくればいいのにサマースクール行くんだって。だから帰ってこられないって。がっかりだなー」

詩音もがっかりする。ゆんがレンに着いてくるんじゃないかと期待していたのだ。しかしこれを顔に出すわけにはいかない。

「そう言ってたのか」

「うん。わたしが行きたいくらいだけど、受験生だから無理だし、今バイトもしてないし。まずは大学に入らなきゃ何も出来ない!」

あーやれやれと花梨は頭を振る。

「先輩はどうするんですか?」

「留学する」

「やっぱりそうなんですね。ロスでしょ?ゆんがいるから?」

「それもあるけど、他にもやりたいことがあるんだ」

「いいなーきちんとやりたいことがある人は」

「お前は何かやりたいことはないのか?」

「んーまだわからない。大学にはいって真剣に探そうと思ってる」

「修介は?」

「あのキャラでアナウンサーになりたいとか言っちゃってるのよ」

「まじか」

「まま、人当たりはいいし、人気者だし、見た目も悪くないし。どうなるかはわからないけど、頑張ろうとしてるよ」

「そっか。しっかり考えてるんだな」

「無謀だとは思うけど、頑張ってみるって。わたしはとりあえず修介と同じ大学に入らなくちゃ!それが今の目標だから。うん」

「上手くいってるんだな」

「意外とね。バカだと思ってたけど、ちゃんとわたしのこと見ててくれてるのわかったから。お互いに言いたいことは言ってるけど、バランス取れてる感じがするんだ。一緒にいると凄く楽しいし」

「そっか」

「先輩もはやくゆんを取り戻して下さい。ゆんだって待ってるはずですよ」

「そうだな…」

「はいはい、気弱にならないならない!あれからもう1年経つんですよ!二人とも頭は十分冷やしたでしょ?あれだけいちゃついてた兄妹がそうそう簡単に別れちゃうわけないと花梨はふんでます。で、今度は恋人としていちゃつくんですよね。あーったく…今から思いやられる」

「なに想像してんだよ」

「いろいろと」

「余計なお世話だ!」

「照れなくてもいいんですよ〜恋人になればあんなことやこんなことも出来ますしね〜ふっふっふっ。想像したことないとは言わせませんよ?」

花梨はいたずらな笑みを浮かべる。

「どこまで想像したことあるのかな〜?」

ぺちっ!詩音は花梨の頭をはたく。

「ちょっと先輩!ふふん、そうとうやばいとこまで想像してますね」

ぺちっ!ふたたび花梨ははたかれる。

「珍しいですね、詩音先輩が真っ赤になるなんて」

花梨は完全に面白がっていた。彼氏持ちの花梨は今や或る意味詩音の上を行っていたのであった。


もうすぐ1年経つんだね。ゆんは呟く。

詩音がゆんの前からいなくなって1年が経とうとしている。思い返せばとんでもない1年だった。こちらにきて落ち着くまではただただ辛くてどうしようもなかった。ずっと向こうにいたら、今頃詩音と楽しく過ごせていただろうか。ううん、それはない、とゆんは思う。時間もだけど、距離も必要だったんだと今は思う。そして今はその時とは逆にゆんがロスにいて詩音が日本にいる。ゆんはため息をつく。いつか取り戻すことが出来るのかな…この1年という時間の空白を。


ゆんは詩音の手紙を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る