第89話 詩音の手紙(7月)

レンは正式に詩音の撮影の依頼を受けた。もちろんすぐに承諾した。

「由奈、詩音君が承諾したそうだ」

レンは由奈に告げる。

「素敵だわ…レン、一番ステキな詩音君を捉えてね」

「もちろんだよ!」

二人は喜んだ。

そこにゆんが帰ってきた。

「ゆん、詩音君がオファーを受けたそうだよ」

「うわ!!!ほんとに???世界に羽ばたくお兄ちゃんだ!!!」

ゆんは素直に嬉しかった。何の邪心もなく、本当に嬉しかった。ずっとわたしのお兄ちゃんは世界で一番素敵なんだということを知ってもらいたかったから。

「それでパパが撮影するの?」

「うん、日本に行くことになる。ゆんも来るかい?久しぶりに野々村の家にも行くといい」

「あーーまだ日程は出てないの?」

「まだだよ」

「わたし、サマースクールに申し込んじゃった」

「ああ…そうなのか。取り消してもいいんだよ?」

「いいの。こっちの友達も作っておきたくて。誘われたから」

「そうか」

ゆんの面倒をみてくれるクラスメートはいるものの、まだそこまで親しくなれていないと感じていたので、サマースクールに参加して距離を縮めようと思っていたのだ。

「ゆん、詩音君に会うチャンスだよ。いいのかい?」

レンは言う。

「ん、大丈夫。わたしがいなくてもお兄ちゃんは大丈夫。それにパパの撮影でしょ?きっと凄いことになると思う!帰ったら一番に見せてくれるならそれでいいよ」

「ゆん、無理はダメだよ」

「あ…パパが日本に行く前に教えて。お兄ちゃんに渡して欲しいものがあるの」

「わかった。行く前にかならずゆんの伝言を僕に伝えて。いいね」

「うん」


ゆんは日本に着いていきたいと思ったものの、まだ詩音に会って普通に話せる心の準備が出来ていないと思った。それに詩音の気持ちもまだわからない。自分の気持ちはやっとわかったけれど、それを詩音が受け入れるとも限らないと思っていたのだ。自分の気持ちを受け入れてくれるにしろ受け入れられないにしろ、次に会うなら笑ってわだかまりなく会いたい、そう思うようになって妙に臆病になっていた。もし次に会ったときに喧嘩にでもなったらそれこそ一生会えないんじゃないか…そんなネガティブな考えがどうしても頭から離れなくて、思い切ることが出来なかった。


詩音は自分の決断をどうゆんに伝えようか考え込んでいた。もちろん、レンを通しての話だから、当然ゆんもすでに知っているのはわかっていた。素直に言えばいいだけだよな、自分に言い聞かせる。それと…自分の気持ちも伝えるべきだし、そしてゆんにもはっきりと聞いたほうがいい。わかってる、わかってるんだけどそれをするのが難しい。ゆんに拒否されたらもう立ち直れない、そう思うとなかなか切り出せるものじゃない。でも…


そしていつものレターセットを取り出して、便箋を目の前にして詩音は唸ったままだった。ゆんの手紙を受け取って半月以上すぎていた。そろそろ書かないと…今の所ゆんとの接点は手紙を書くことだけだから…


ゆんが寺本ゆんになって、渡米してしまい、彼女の日本で作っていたLINEアカウントはなくなっていた。もちろん花梨に聞けばすぐに分かるのだが、友だち追加してくれるかわからないと思ってあえて聞こうとしていないのだった。その他のSNSは継続されているし、Facebookのメッセンジャーも使うことは可能だ。しかし、詩音はあえてそれらも見ないようにしていた。ゆんがどうしているかを知りたい気持ちは強いのだが、ゆんが直接手紙に書いてくることだけを信じたいと思ったのだ。それに詩音は元々アカウントは持っていてもSNSはあまり使わない。Facebookは音楽仲間との連絡に便利なので使っているが、ほとんど音楽のことのみしか書かないし、やりとりも音楽仲間とだけだ。


「この時代に俺たちなんかおかしいよな」

詩音は自虐的に苦笑する。そしてそれほどにも離れてしまった自分とゆんがあまりにも悲しく思えた。ゆんと離れてもうすぐ1年がやってくる。


詩音はペンを取ると便箋に書き出した。


寺本ゆん様


返事が遅くなってごめん。

これが届くのはもう7月に入ってからだね。

えっと、くだけた調子で書いてもいいかな。

本当は多分、最初から始めるべきなんじゃないかと思ったりもしたんだけど、俺は俺でしかないし、寺本ゆん、君はやっぱり俺の知ってる「ゆん」だから、もうただ素直に思うことを書こうと思う。許してくれるかな。


今回はまず最初に君に伝えなければならないことがある。

Into The Caveっていうファッションブランド知ってる?俺はよくわかんないんだけど、そこが有名な時計ブランドとコラボレーションするっていう企画のモデルになぜだか俺が選ばれてしまったんだ。ゆんももう知っていると思うけど、レンさんを通してのことだったんだ。


ありえないなと思ったんだけど、日本の支社に出向いて話を聞いていたら俺の希望を最大限に聞いてもらえるというので承諾したんだ。レンさんにやってみても損はないとも言われたし、レンさん撮りたいみたいだったし。それにInto The Caveの日本の責任者の人と彼の秘書、そして社長もみなUCLAの出身なんだ。俺はUCLAに行こうと思ってずっと前から準備してるんだ。だから、これもいいチャンスなのかもしれないと思ったんだ。UCLAに行きたいというのはずっと思っていたことで、高校に入ってすぐに調べ始めたんだ。音楽仲間がいるLAに行きたいとずっと思っていたんだ。去年君から逃げるようにLAに行ってジェレミーのところで世話になっていたら、やっぱりここに来たい、ここでやってみたいという気持ちが大きくなったんだ。


でも今はもうひとつ、LAに行きたいとても大切な理由があるんだ。

それはゆん、君がそこにいるということ。


俺は、ゆんのことを好きになったことを後悔したことなんて今まで一度もないし、今でさえ、君に会いたいという気持ちで一杯なんだ。他のことは考えられないくらいに。君を傷つけてしまったのに、それでもゆんがそばにいてくれたらって毎日思ってるんだ。本当にバカだと思う。こんな俺がまだゆんを好きでいても構わないだろうか。


ゆん、会いたいよ。会いたくてたまらないんだ。

ゆんと離れてしまってもうすぐ1年になる。寂しくて仕方ないんだ。

いつになったら俺たち会える?


野々村詩音


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る