第88話 詩音承諾する

詩音は東京のど真ん中にいた。

レンを通じて指定されたビルの前に立っていた。

「ありえないな。全く縁がないと思ってた場所だ」

有名企業のオフィスに高級マンションも併設された有名なビルディングの前だった。

詩音はどうすればいいのかわからなかったので、学生服のまま来ていた。7月なので、指定の半袖のシャツにネクタイとズボン、そして学生カバンという出で立ちだ。

「まぁ、こんな姿じゃ却下だろうからいっか」

詩音は呟くとビルの中に入る。

ざわざわ…居合わせた人々が詩音を見る。

「場違いすぎだよな」

詩音はそう言って、エレベーターの上に上がるボタンを押して待っていた。

「君、どこかに所属してるの?」

話しかける人がいる。他にも何人もが言ってくる。

「別に」

詩音はあっさり答える。

「今日はどうしてここに?よかったら話を聞いてもらえないかな?」

「あー用があるから来たんです」

「何の用か聞かせてもらえるかな」

「Into The Caveとかいうところの人に会うんだけど」

そう言うと群がっていたスカウト達はそそくさとその場から離れて行った。

「なんなんだよ…」

エレベーターが来たので詩音は乗り込んだ。

途中の階で乗り込んでくる人達も一様に詩音を見てヒソヒソと話し出す。訳がわからないまま、詩音は指定された階のオフィスに到着した。

「ここだよな」

部屋の番号を確認して、ノックする。

ドアを開いたスタッフも面食らっていた。何なんだ?と詩音は思う。

「あの、ここに来いって言われたから」

「お名前を伺っても」

「野々村詩音です」

それを聞いたスタッフは一目散に上司の元へ駆けて行った。

「一体何なんだよ」

詩音はただただ不思議だった。

「よく来て下さいました!」

出迎えた男はそう行って中に入るよう促した。

「お待ちしておりました!」

詩音はすべてが不思議で仕方なかった。

「あの…一体何なんですか?わけがわからないんだけど」

「こちらで少しお待ち下さい。こちらの最高責任者が参りますので」

「はぁ???」

くだけた感じのオフィスの中の中心にあるソファに座って待つように言われた。しばらくソファに座ってiPadで曲の編曲を確認していると、一人の男と秘書と思わしき女性を連れた二人がやってきた。と言ってもスーツではない。とてもカジュアルな、若者が好むような出で立ちの二人だった。

「ハイ!アイム・ニール・フォレスト。英語大丈夫?」

「ハイ。アイム・シオン・ノノムラ。英語で大丈夫です」

「こちらは秘書兼企画リーダーのブレンダ・ハーヴェイ」

「ハイ。ブレンダよ」

「よく来てくれたね。座って。本社は大騒ぎだったんだ」

「はぁ?どうしてですか?」

「この企画のモデルがなかなか決まらなくてね。社長が…社長と言ってもまだ30なんだけど、彼がどのモデルを見てもうんと言わなくて。今回は他社とのコラボということで、初の試みなんだ。やっと先方の時計ブランドがOKをだしたんだけど、ここで一気に知名度と人気を底上げしたいと言って、今までにないモデルを使いたいとずっと言い続けてて」

「で、それが俺なんですか?」

「そうだよ!まさしく君だ。写真はみたけど、実物も素晴らしいよ」

「はぁ…」

「身長は?」

「今185センチ」

「いいね」

ニールはぐるぐる回って詩音を見定める。

「ブレンダ、どう思う?」

「もう彼のファンになってる。絶対行けるわ。この子なら間違いないわ!レン・テラモトに頼んで送ってもらった写真の中であなたがバスケしてる感じのが凄く良くてね。今回もそういう感じでいけたらなって思ってるの。あーもう想像がひよるわ!」

「はぁ…」

「とりあえず聞いてはいると思うけど説明するよ。今回やろうとしているのは我が社、アパレルメーカーと時計ブランドのコラボレーションなんだ。社長が主に考えているのは中国市場なんだけど、というのも、そちらでの知名度を上げたいと思っているんだ。コラボする時計ブランドは中国でも知られているんだ。あの国は色々と難しいけど、上手く行けば物凄い利益を生むことになる。もちろん全世界的にもプロモーションを打つ。有名なファッション誌や若者向けのメディアにも積極的に働きかける予定だ」

「そんな大掛かりな企画に俺で大丈夫なんですか?モデルなんてやったこともないし、ぶっちゃけ服とかも全くわからないです」

「社長は君の要望は飲むと言っている」

「そこまで?どうして?」

「君はわかっていないようだけど、それほどの逸材なんだよ」

「俺がですか?」

「まぁ、びっくりしているのも無理はないと思うけど、僕たちもビックリしてるんだよ、実は。あれだけ探しても今ひとつだと言っていたところに、有名なモデルで俳優もやっているバーノン・リッケのマネージャーがレンのところで撮影したときに君の写真を見たんだそうだ。社長はバーノンですら蹴っていてね。バーノンのマネージャーは彼のマネージメント会社が君を獲得できればと思ったのもあったようで、バーノンは蹴られたけどテラモトのところで凄い写真を見たと言って連絡してきたんだ」

「あれ、ただ髪の毛切ってみた記念の写真ですよ」

「ええ???そうなのかい?」

「はい。それも俺はレンが何者かも知らなくて、友達が記念だからダメ元でお願いしてみたら受けてくれたって。それで」

「君はロスにいたのかい?」

「あぁ、色々あって…俺、音楽やってるんだけど、去年の夏から3月までジェレミー・ウェストウッドのところで制作スタッフとして参加してたんです」

「はぁ?????ジェレミー・ウェストウッドだって???」

「あれ、ジェレミーってそんなに知られてるのかな…」

「うちの様な若者向けブランドの人間は当然彼のことは知っているよ。若者のトレンドは常にチェックしてるから」

「あーそうなんですね。で、まぁ、そんなこんなでレンに撮って貰ったんだけど、レンは俺のこと知ってたから受けたと」

「はぁぁぁぁぁ????」

ニールとブレンダは腰を抜かしていた。

「それはまたどうして君のことを…」

「あ、俺の大事な妹は実は彼の本当の娘なんです。事情があって俺の両親が引き取って育てていたんです。だからレンと奥さんは俺のこともずっと知っていたと。会ったことはなかったけどと」

「ジーザス…」

二人はあっけにとられていた。一瞬別世界に意識が飛んでしまっていたニールが我に返り詩音に聞く。

「それで。もしレン・テラモトの撮影なら受けてもらえるだろうか。それと何か要望があれば言ってくれないか」

「んー、レンは撮りたいみたいです。俺実は今凄く忙しくて、留学の準備があって」

「大学に行くのかい?」

「UCLAを考えてて。11月までに書類を出さないといけなくて」

「わお!!!僕もブレンダもUCLAだったんだ!社長もだよ!社長はUCLA在籍中に起業したんだ。僕もその最初からのスタッフなんだよ」

「あーまさかの卒業生ですか」

「いいね、いいね、わからないことは僕たちが何でも教えるよ!」

ニールとブレンダはきゃいきゃい言っている。

「それで。あなた達は本当に俺がやれるとやりきれると思っているんですか?」

ニールは突如として真剣な眼差しで詩音に語りかける。

「僕は君がとても気に入ったよ。こうして少し話しただけではあるけど、君はユニークで面白い。まだまだ可能性がありそうだ。不安なのはわかるよ。でも僕たちがきちんとサポートするし、君の学業には支障のないよう撮影などは日本でやろう。撮影はもちろんテラモトに依頼する。彼にはこちらに来てもらうよう手配する。それでもダメかい?」

詩音はすでに決心していたが、もう一つだけ言いたいことがあった。

「もういくつか。俺、モデルで食ってくつもりはないんで、その後のことはわからないけど、今回は単発であなたたちがマネージメントしてくれたらそれでいいです。どこかに所属などは考えていません。それと…プロモビデオなど音楽を使う場面がある場合は俺に全部まかせてもらえませんか?」

「もちろん。ウェルカムだ。でも大変な作業になるよ。勉強は大丈夫なのかい?」

「元々UCLAを何年も前から考えていたので成績うんぬんは大丈夫だと思います」

「は…君は大したやつだな…想像のはるか上を行ってた。それで、OKしてくれるのかい?」

「やってみるしかないようですね」

「それは承諾するととらえていいんだね」

「はい」


そうして詩音は未知の世界に足を踏み入れることを選んだのであった。



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