第87話 詩音の悩みとゆんの変化

家に帰って作業部屋に落ち着いた詩音は、さっきのメールを読み返していた。


「うー。ジェレミーの件は良いとして、レンさんの件は一体どういうことなんだ?要するにモデルやれってことだよな?何がどうなっているんだ。縁のない世界なんだけどなぁ」

椅子に座ってクルクルと回りながらぶつぶつ言う。

「仕方ない、レンさんに詳しく聞いてみるか」

時差を考えてとりあえずメールを送ってみることにした。


レンさん

詩音です。レンさんの話は一体どういうことなんですか?モデルなんて考えたこともないし、縁のない世界です。俺にそんなのが務まるとは思えません。


「これでわかってくれるといいけど」

やれやれ、と詩音は頭を振った。


意外なことにすぐに国際電話がかかって来た。


「詩音君、急な話ですまない。何度も断ったんだが、諦めてくれないんだ。東京の日本支社のスタッフに会って欲しいとまで言ってきてるんだ。一度会ってみてくれないだろうか。会うだけでいいよ」


はぁぁぁ???一体全体何がどうなってるんだ???

服とか俺には関係ないぞ。ゆんにもどうにかしてって言われてたくらいだぞ。どうなってるんだ???


「レンさん、俺、服とかそっち全然わからないんです。今まで気にしたこともなくて。要するにモデルやれってこよですよね?経験もないし無理ですよ」

「いや、君なら十二分に満足させられると思うよ。君を撮影した僕がそう思う。とりあえずそっちのスタッフに会ってみてくれないか?断るにしろ顔を出しておけば先方も収まると思うんだ」

「レンさん…ひょっとして、けしかけてます?」

「いやいや、そんなことはないよ。まま、ここは僕の顔を立てると思って」

「いや、絶対何か考えてますよね」

「正直に言うと、君にはまだ色々な可能性があると思うんだ。音楽をやりたいのは知っている。でも、色々と経験してみたら、それも君の製作に活かせるんじゃないかと思うんだよ。それにこのオファーは有名なモデルでも蹴られてるんだ。めったにないことなんだよ」

「そんな大役務まりませんよ」

「大丈夫だよ。撮影はわたしがやる。他に変えると言うなら詩音君と一緒に蹴ると言うよ」

「策士ですね」

「どうだい?とりあえず日本のスタッフにだけでも会ってくれないかな。日本のスタッフと言ってもこちらから出向してるアメリカ人だそうだ」

「要するに、レンさんは俺に受けて欲しいんですね?」

「正直に言うとそうだね」

「じゃ…とりあえずこっちの人に会うだけは会ってみます。それでいいですか?」

「オーケー。そう先方に伝えるよ。いいね?」

「なんだか丸め込まれた気はしますけど」

「ははは。まだ若いんだ、なんでもやってみればいいんだよ。あ、そうだ、もし君の希望があれば言えばいい」

「わかりました」

「楽しみにしてるよ」


詩音は電話を切った後ただ頭を抱えるだけだった。


日本時間の午後3時はロスでは前日の午後10時だった。

レンはゆんの部屋をノックする。

「ゆん、まだ起きてるかい?」

「あ、はい」

「少し話があるんだけど、入ってもいいかい?」

「うん」

ゆんは部屋のドアを開けた。

「どうしたの?」

「少し面白いことがあってね。ゆんはどう思うかなって思って」

「なんだろう」

ゆんは想像もつかなくて首をかしげる。

「スタジオに詩音君の写真を飾っているのは知ってるね?」

「うん」

「その写真を見てぜひ詩音君にモデルをして欲しいという依頼が来てるんだ」

「え、本当に?」

「うん。さっき詩音君と電話で話したよ」

「お兄ちゃんと…」

「ゆんはどう思う?」

「ん…正直に言うと、お兄ちゃんのことだからやりたくないんじゃないかと思う。でも…お兄ちゃんなら問題ないとも思う」

「そうかい?」

「うん。レンが撮った写真、本当に素敵なんだもの…あれが初めてのちゃんとした撮影だったとは思えなかった」

「そうだよね。僕もびっくりしたんだ。だからゴリ押ししてみた」

「え???」

「とりあえず、まだ承諾はしていないけど、日本の支社の人には会うことを了承してくれたよ。僕が撮影するはずなんだけど、もし変更になったら僕も詩音君も蹴るって言うっていってね」

「レン…それほどお兄ちゃんって撮影のしがいがあるの?」

「うん。受けて欲しいと思ってる。それで、ゆんはそうなった場合どうかなと思って」

「素敵だなと思う。お兄ちゃん、本当にカッコいいし、もったいないと思うから」

「ゆんだけのお兄ちゃんじゃなくなってもいいのかい?」

「え?」

「そういうことだろう?全世界に詩音君が知られるんだ」

「そんなに大掛かりなことなんですか?」

「そのようだよ」

「うん、いいと思う。わたしはいいと思う。だって、ずっとそうなればいいのにって思ってたから」

「寂しいとは思わないのかい?」

「わからない。もし…もしもお兄ちゃんがわたしのことを忘れてしまっているんだったら悲しいと思う」

「忘れてると思うのかい?」

「わからない…」

「詩音君と手紙をやりとりしているんじゃないのかい?由奈が言っていたよ」

「誤解は解けたの。どこで何が間違ってしまったのかはわたしもわかったの。でもお兄ちゃんの気持ちはまだわからなくて…」

「それで無理してまでもこちらに来たゆん、君自信の気持ちはわかったのかい?」

「うん…」

「そうか。ちゃんと伝えるんだよ」

レンはゆんの肩を優しく抱いて娘の様子を見ていた。

「レン…あのね、レンって呼ぶのおかしいと思って…パパって呼んでもいいかな」

ゆんは小さな声でつぶやく。

「ゆん?????いいのかい???」

「うん…だって…パパも…由奈も…由奈のことはママって呼んでもいいのかな…」

「ゆん、いいのかい?野々村の皆さんには…」

「野々村の二人はいつまでもお父さんお母さんなの。言い方が違うけど…それはずっと今までそうだったから変わらないの」

「ゆん、ありがとう…」

レンは泣いていた。

「………パパ…泣かないで…わたしのことをどれほど大切に思ってくれていたのか知って、そして今本当に良くしてもらっていて…今まで出来なかったことをお返ししたいの。わたしの本当のパパとママがこんなに素敵な人達だと思っていなかったの。二人にもわたしなりに何かしたいの」

「ゆん、それだけで十分だよ…」

「そう呼んでも構わない?」

「もちろんだよ…」

「良かった…わたしがこちらに来るわがままを受け入れてくれて、こんなによくしてもらって…わたしって自分がどれほどわがままでバカだったか気付いたの」

レンはゆんを抱きしめる。

「そんなことはないよ、ゆん。間違いに気付いたらそれを正せばいいんだよ。わかるね?」

レンもまた、詩音とゆんのことを想っていた。


次の朝、朝食を取りにダイニングキッチンに向かったゆんは由奈に向かって言った。

「ママ、おはよう」

「ゆん???」

「今日のメニューは何?」

由奈は驚きのあまり涙ぐんでいた。

「ねぇ、ママ…」

ゆんは由奈に抱きしめられる。

「そう呼んでくれるのね…」

「お母さんは野々村のお母さんのことなの…だから…」

「それでも嬉しい、嬉しいわ、ゆん」

「ありがとう、ママ」

ゆんはしっかりと由奈を抱き返した。

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