第85話 ゆんの手紙(6月)
ゆんの返事はなかなかやってこなかった。
一気に書いてしまったのが負担だったんだろうか。詩音は不安になっていた。
「せーんぱい!」
隣の席の花梨に呼びかけられて詩音はハッとする。
「あ、あぁ」
「ふふふ、その顔はまだ手紙返ってきてないんですね」
「どうしてわかるんだよ」
「わかりやすすぎです、あなたたち兄妹は」
「そんな事言うのお前くらいだ」
「大丈夫、ゆんは今ちゃんと考えてるみたいですよ」
「ん…それならいいんだ」
「ちゃんと伝えたんですね?」
「そのつもりだ」
「じゃぁ、そのうちゆんからの手紙届きますよ」
花梨はニッコリ笑った。
ゆんはどう返事を書こうか考えあぐねていた。
自分の気持ちにやっと納得がいったものの、それをどう表現すればいいのかわからない、でももういいかげん返事を書かないと詩音が悲しむんじゃないかと思う。とにかく、返事を書かなくちゃ。
やっと決心してゆんは引き出しからレターセットを取り出した。
野々村詩音様
返事が遅くなってごめんなさい。
今日は野々村ゆんが手紙を書きます。
お兄ちゃん、お元気ですか?
ゆんは思っていたよりこちらで楽しく生活出来てます。レンも由奈もとても優しくて、色んな事を教えてくれます。でも寂しいです。心のどこかにぽっかり抜けてるところがあるみたいです。
お兄ちゃんの手紙を読んで、ゆんは自分がどれほどバカだったのか思い知りました。そして、自分がしてしまったことの取り返しのつかない大きさに気づきました。一番悔やんでいるのはお兄ちゃんの言うことを聞こうとしなかったことと、お兄ちゃんの真剣な思いに対してちゃんと向き合わなかったことです。
もしあの時こうしていたら…ということもたくさん考えました。「もし」はないけど、でも「もし」が出来ていればわたしはまだお兄ちゃんの隣にいたんじゃないかと思うとそれが今とても悲しいです。
お兄ちゃんが髪の毛を切ったことについて書いてくれて嬉しかった。あの時はただ怒ってしまったけれど、こちらで生活するようになって、お兄ちゃんが書いていることをわたしも感じていたのでよくわかりました。わたしだって元々はカッコいいお兄ちゃんを共有したかったはずなのに、いざお兄ちゃんが髪の毛を切ってしまったと知るとあまりにもショックが大きかったみたいです。先に話してくれていればとも思ったけど、あの頃はそんな状態じゃなかったもんね、わたし達。
それから…お兄ちゃんの気持ち…わたしが聞こうとしなかったことをこうして手紙で伝えてくれてありがとう。
わたしは、ずっと兄妹として暮らしてきて、ずっとそのままだと思っていました。それなのに、お兄ちゃんに対してドキドキする気持ちを感じてしまう自分に戸惑っていたんです。わたしは中学生に入ってから、おそらく由奈がわたしの本当のお母さんだとなんとなく気付いていました。でもそれもあえて聞く必要はないと思っていたんです。本当のことを聞いても今のお父さんお母さんとお兄ちゃんの生活はなんら変わりはないと思っていたんです。それで自分の気持ちが変わって来ていたことが恐ろしかったんです。兄妹のままでいれば、一生お兄ちゃんと離れることはないから。わたしはその頃にはお兄ちゃんと血の繋がりはないのだろうとわかっていたけれど、お兄ちゃんの気持ちを受け入れてしまったら、いつか別れてしまう日が来るかもしれないと恐れたんです。それならずっと妹のままでお兄ちゃんのそばにいたいと思ったんです。それでお兄ちゃんの話をちゃんと聞こうとしなかった。でもわたしのそんな態度によって、お兄ちゃんも傷ついて、わたしもこうして野々村ゆんではなくなってしまいました。結局は今、あれほど恐れていたこと、お兄ちゃんと離れることになってしまいました。
今ゆんが思っていることは、お兄ちゃんがゆんを好きになったことを後悔していないといいなということです。お兄ちゃんのあの告白についてはもう随分前からなんとも思ってないよ。ゆんが恐かったのは、お兄ちゃんが言う「どこで間違ってしまったのか」が、そもそもゆんのことを好きになったことを指していたらどうしようということでした。こんなことにした原因はわたしにあるのに、こんなことを言う権利もないのに。
お兄ちゃん、わたしはあとは寺本ゆんにまかせようと思います。寺本ゆんもわたしに変わりはないけど、きっと野々村ゆんとしてよりは自分の気持ちをちゃんと伝えられるかもしれないと思うから。
お兄ちゃん、会いたいよ。
野々村ゆん
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