第81話 詩音の手紙(5月)

ゴールデンウィークが終わり、学校が始まった。詩音は相変わらず花梨にがっつりガードされて学校生活を送っていた。休憩時間にもなると、詩音を見に来る生徒が教室の外に鈴なりになっていたが、花梨は常に「はいはい。詩音先輩にはくっそカワイイ片思いの人いるから散って散って」とにべもなく言い放っていた。

「片思いって何なんだよ」

「そうでしょ?」

「じゃないと思ってるけど」

「ほほー。そういう割には何も進んでないんでしょ」

「ちぇっ」

「えーと、ゆん、手紙受け取ったって言ってたんだけど、返事来た?」

「まだ」

「うそ。ゆんったら何してんのよ…」

「いいんだ。そのうち届くんじゃないかって思ってる」

「返事来たらちゃんとまた書いてくださいね」

「うん。でも何を書いてくるかちょっと怖いな」

「先輩が怖いんです?ていうか一体何を書いたんですか」

「言わない」

「ですよね、いいですいいです。とにかく少しでも歩み寄って下さい!じゃないとゆんが帰ってきた時やりにくいのはわたしですから」

「お前が中心なのかよ」

「べーだ。わたしはゆん派ですし。ちゃんとゆんにふさわしい男になって下さい」

「お前に言われるとはな…」

「だって先輩あんだけ完璧男子だったのに。あの自信はどこにいっちゃったんですか?」

「自信か。とっくになくしちゃってるな」

「あーあ。ったく。早く自信取り戻してくださいねっ!」

「ゆん次第だな…」

「なに弱気になっちゃってんですか。わたしのようにぐいぐいと…」

「アホか。色々フクザツなんだよ、こっちは」

「何言ってるんですか。シンプルですよ?好き、これだけでしょ?これをきちんと伝えられてないだけでしょ?」

「…あぁ、そうだな」

花梨は鋭いな。詩音は思う。見透かされてるみたいだな、と。


家に帰ってポストをみると、見慣れない封筒が入っていた。ゆんからの手紙だった。


詩音は急いで家に入るとすぐに封を切った。

一度ゆっくり読んで、その後も何度も読み返してみる。

ゆんがどうして怒ってしまったのか、そしてゆんがなぜ受け入れようとしなかったのかが書かれていた。そして最後の部分、ゆんも全く同じだったんだなと今更ながらに思う。

「そうだよ、一人で食事をするのはとても寂しいよ」

詩音はつぶやいた。


思い返してみると、詩音が髪を切ったことについて何の説明もしないままこんな状態になっていた。ゆんがそのことについてそこまでショックを受けていたとは考えてもいなかった。それについてはきちんと伝えなければならない。そして、ゆんは今俺のことをどう思っているんだろう。文面からはよくわからなかった。しかし、ゆんがどう考えていて、そして拒否したのかはやっと理解することが出来た。そしてやはり自分があまりにも浅はかだったとうなだれた。


詩音はすぐに返事を書く気にはなれなかった。勢いで書くことだけはしたくなかった。数日の間、何度もゆんの手紙を読み返した。


寺本ゆん様


返事を書いてくれてありがとう。

君が知っている「ゆん」宛に書いてもいいかな。

その「ゆん」のお兄ちゃんからのメッセージだと思って欲しい。上手く伝わるかはわからないけど、正直に書くよ。


まず、アメリカで髪の毛を切ったことについて何も言ってなかったね。言う機会もなかった。本当にごめん。ロスでジェレミーや彼のパートナー、セシルや、一緒に作業をしているみんなと生活するようになって、ありのままの俺を受け入れてくれるみんなと過ごしているうちに外見にこだわってる自分がちっぽけに思えたんだ。ゆんのためだと言ってずっとあんな外見にして目立たないように暮らしてきたことは間違ってなかったと思ってる。でも、いずれは元々持って生まれたものはいくら隠したところでバレても仕方ないことだし、ゆんと離れて生活していてとても寂しかったのもあって、気分を変えようと思ったんだ。それだけのことだったんだ。ゆんがあれだけ髪の毛切って欲しい、カッコいいお兄ちゃんと外を歩きたいというのをずっと拒否し続けていたから、ゆんは俺のことが許せなかったんだと思う。でも本当にただ気分を変えたかっただけなんだ。そして、夏休みが終わって日本に戻ってゆんに会ったらゆんは喜んでくれるだろうとも思っていたんだ。でもそうじゃなかったんだね。髪を切ったことを知ってLINEを送ってきたよね。その時君に大嫌いと言われて日本に帰るのが怖くなってしまったんだ。それでそのままロスに残ることにしてしまった。3月に戻れば時間もたっているからゆんとちゃんと話が出来るだろうと思っていたんだ。でも家に帰って君がいないことを知って、そして君が寺本姓に変えてロスに移ってしまったことを聞かされて以来絶望していたんだ。君から手紙を受け取るまでは。


そして、ゆん、君が僕の思いを受け入れなかったことはとてもショックだったんだ。でも思い返すとあまりにもバカげた告白の仕方だったとあまりにも自分がなさけなくて恥ずかしい。今でもなんだ。


俺は中学3年の時に、妹であるゆんのことが好き、妹としてではなく、女の子として好きなんだと自覚したんだ。でもそれは許されることではないのはわかっていた。しかし、君が俺にも両親にも似ていないことには気がついていた。だから、正直に父さんと母さんに話したんだ。すると俺とゆんは本当の兄妹ではないと聞かされて、俺が本気なのであれば任せると言ってくれたんだ。だから、俺はずっと待ってたんだ。もしゆんが、俺のことをお兄ちゃん以上に思ってくれる日が来たら、ちゃんと話をしようと。実は、君が寝ていたのを起こそうとして部屋に行った時、君が書いていたメモを読んだんだ。嬉しかった。やっとちゃんと話せると思ったんだ。なのに、あの映画のタイトルだけに引きずられてあんなことを言ってしまった。あの時本当は血の繋がりはないこと、ずっとゆんのことが好きだったことを話したかったんだ。でもその前に君は心を閉ざしてしまったようだった。俺はバカなことをした恥ずかしさと、そんなことがあった後どうやって君に接していけばいいのかよくわからなくなって、俺は黙ってアメリカに行くことにしてしまったんだ。そんなつもりではなかったけど、結局は逃げたんだ。本当になさけないよ。一番大切なゆんを傷つけたまま、ゆんから逃げてしまった自分が今でもなさけなくて仕方ないんだ。


だから今、毎日一人で食事してるのは寂しくて仕方ないし、ゆんがここにいてくれたらどんなにいいだろうと思うけど、全ては俺のせいだから仕方ないと思ってる。


ゆん、君は元気にしてる?


野々村詩音

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