第80話 ゆんの手紙(4月)

ゆんは涙が止まらなかった。

お兄ちゃんは…本音を伝えようとしているんだと思った。いつもの詩音の話し方ではない。少しかしこまった文体で、自分に非があると、それがどの時点だったのかもわかっていると書いていた。そして、今度は自分がそのお兄ちゃんを一人にさせてしまっている。きっとわたしがひとりぼっちになってしまった時と同じ気持ちなんだと思った。


すぐに返事を書こうと思った。思ったものの、どう書いていいのかわからなかった。ゆんは手紙を持ち歩いて何度も読み返していた。


「ゆん?またその手紙を読んでいるのね」

「あ、うん」

「返事は書いたの?」

「ううん、まだ…」

「どんな内容だったの?」

「あ、えっと…告白文?」

「あら、告白されたの?」

「違う、違う、そういう意味じゃなくて、本当に思っていることを書いてくれたみたい」

「それじゃ、きちんとお返事しないとね」

「でもどう返事を書いていいのかわからないの」

「ゆんが思っていることを同じように隠さずに書けばいいのよ」

「でも…」

「その人に理解されたいのなら、素直にならなくちゃ。そうでなくてもそれだけ読み返しているお手紙の返事を書かないのは失礼じゃないかしら?」

「う…ん…そうだよね」

ゆんは気付かなかったが、由奈はふふっと微笑んでいた。由奈にはわかっていた。それが詩音からの手紙だということを。


ゆんは部屋に戻るとふぅっとため息をついた。そして、自分が今感じていることを頭のなかでまとめようとしてみる。一番大きい感情は、嬉しいだ。お兄ちゃんが手紙を書いてくれたこと、それだけでまず嬉しかった。次は、間違った、と言うその間違ったはどのことを指しているんだろうということだった。ゆんに間違った形の告白をしたことならもうとっくに許している。けれど、ゆんのことを妹としてでなく好きになってしまったことを間違っていると言っているのなら…ううん、そのことではないと思いたい。聞いてみるべきだろうか…


ゆんはシンプルな飾りのない便箋を目の前に置いた。日本と違ってどこでレターセットを売っているのかわからなかったから由奈に聞くと、持っていたものをくれたのだ。便箋を目の前にしてしばらくペンをくるくると回していたものの、うん、書いてみようとペンを握り直した。


野々村詩音様


こんにちは。わたしは寺本ゆんです。

お手紙ありがとう。とても嬉しかった。


わたしの知っている「ゆん」について書きますね。


ゆんは、お兄ちゃんが大好きです。今も大好きです。ずっとそばにいていつでも守ってくれて、面倒もみてくれて、ゆんにとってはお兄ちゃんが全てでした。でも本当はとてもとてもハンサムなお兄ちゃんがずっと変な頭しているのがよくわかりませんでした。でもそれはゆんのためだと言ったんです。それなのに、ゆんのお兄ちゃんは黙ってアメリカに行ってしまって、知らないうちに髪の毛を切ってしまっていたんです。それを知ったゆんは、お兄ちゃんはもうゆんのことなんてどうでもいいんだ、お兄ちゃんは自分の道を行こうとしてるんだと思ったんです。今もゆんはなぜお兄ちゃんがそんなことをしたのかわかっていません。


ゆんは、お兄ちゃんに対する自分の気持ちの変化に戸惑っていました。それをその時は素直に受け入れられなかったんです。お兄ちゃんは本当の意味でのお兄ちゃんでないとわかっていたのに。ずっと一緒に家族として暮らしてきた日々を壊したくなかったんです。でもみんな、ゆん以外のみんなも、ゆんとお兄ちゃんは血の繋がっていない兄妹だと知っていて、お父さんもお母さんも二人のことを反対する意思は無かったということを知らなかったんです。今考えても、そのことを知っていたとしても多分戸惑いは大きかったと思います。それでも少しは違っていたかもしれない…。


ゆんはお兄ちゃんがいなくなってずっと一人で夕ご飯を食べていました。とても寂しくて何を食べても美味しく感じることはありませんでした。


今、あなたもそうですか?


寺本ゆん

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