第78話 ゆんの新しい生活

ゆんがロスに来て半月が過ぎていた。

レンと由奈が手配していた治安的にも比較的安心な高校に編入し、少し離れているので送り迎えは由奈かレンがしていた。決心してから英語を必死に勉強していた。問題ないとは言えないものの、学校のクラスメートと話すくらいはなんとかなっていた。


着いた当初、ゆんはレンと由奈をどう呼べばいいのかわからなかった。いきなりお父さん、お母さんなどと呼べるはずもなかった。そのことを話すとレンは笑って言った。

「もちろん、お父さん、お母さんと呼んで欲しいなどとは言えないし、言わないよ。レンさん、由奈さんも堅苦しいだろう。ここはアメリカだ、レン、由奈と呼び捨てにしてくれて構わないよ。最初は変な感じがするとは思うけど。人に説明するのに困る時だけ、ダディ、マミィって言っておけばいいよ。僕たちのことは、父母というより、まずは年の離れた友達とでも思って接してくれればいい。それとも甘やかすのが大好きな親戚のおじさんおばさんとでも。いいかい?」

レンはとてもフランクな人だった。苦労の末に今の地位を築いた人だ。人の心の痛みのわかるとても優しくて人間味に溢れた人だった。そのレンを支える由奈もとても素敵な女性だった。無理を言って色々な手配など迷惑をかけて置いてもらうことにしたのに、二人ともゆんを大歓迎してくれた。ゆんが変に気を使わないようにしてくれているのがよくわかった。学校の行き帰り、色々な話をする。とても楽しかった。ゆんは由奈に告げた。

「ゆんちゃんじゃなくていいです。ゆんでいいです」

由奈はそれを聞いてとても嬉しそうだった。


それからゆんは思った。こっちに来てお兄ちゃんが髪の毛を切って変わることにしたのもわかる気がするなと思った。こちらの人間関係や雰囲気は日本とは異なっていた。


ゆんが写真やカメラに興味があると由奈から聞いて、レンはゆんに一台カメラのボディを与えた。

「最高ではないけど、使いやすい機種だよ。レンズは僕のスタジオにたくさんあるから、色々試してみるといい。そういった方面に進みたいなら相談してくれればいいよ。あちこちの学校に知り合いもいるしね。でもまずは楽しんでみて」

そう言った。

「わたし…レン…が撮ったお兄ちゃんの写真があまりにも素敵で、わたしが撮っていたお兄ちゃんの写真とあまりにも違うなって思ってとても羨ましかったんです」

「ゆんも詩音君の写真を撮っていたんだね?」

「はい…お兄ちゃんがこれを使えって一眼レフを貸してくれてたんです。でも全然わからなくて…」

「何かわからないことがあったら聞くんだよ?いいね?」

「はい、お願いします」

レンも嬉しそうだった。実の娘が自分と同じように写真に興味を持っているということが、ずっと離れていたのに何か通じるものがあるみたいだと思うと嬉しくて仕方がなかったのだ。よく言う血は争えない、ならばそれもまた嬉しかった。


そうしてゆんの新たな生活は問題なく始まった。思っていたよりもずっと良かった。しかし、胸に空いた穴だけはどうしても埋めることが出来なかった。どんな瞬間にも詩音のことを考えずにはいられなかった。


黙ってこっちにやって来て…どう思っただろう。今家に帰ってるよね、それでひとりでご飯食べてるんだよね…そう思うと胸が苦しくて仕方なかった。

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