第77話 詩音手紙を書く
家に戻った詩音は花梨の言った、手紙を書いてみたら?という言葉をずっと頭の中で反復していた。
手紙ってどう書けばいいんだっけ?
Mac Proを立ち上げて、とりあえず「手紙を書く」で検索してみる。検索してみると、ご丁寧にこうして書けば良いという指南ブログがいくつも出てきた。
「なんだか面倒じゃないか」
ざっと目を通してブツブツ言う。
「花梨はノートにでも書いてちぎって送ればいいっていったけど、それじゃだめそうじゃん」
「なんか色々書いてあるけど、どっちが本当なんだよ…余計わかんなくなるじゃんか」
「でも要するに、相手のことを思いやりながら書けってことだよな?」
「自分を演出ってなんだよ…無理だな、これは」
「長すぎず、短すぎず?どういう塩梅が丁度いいんだよ」
「相手が重いと思うような内容はやめとけ?」
頭をかきむしる。
「あーわっかんねー!!!ダメだ、無理」
そう言うとブラウザのタブを閉じる。
「と、とりあえず明日の帰り、花梨に付き合ってもらってレターセットなるものを見に行くことにするか…そ、そう、それからだ、うん」
ただゆんに手紙を書く、というだけの話なのに、考えれば考えるほど、何をどう書けばいいのかわからなくなっていく。
「あーもう、とりあえず宿題して、あとメールチェックして作業しよ…夕飯も作らなくちゃ」
ゆんはいなくなったが、遅く帰ってくる両親のために豪華ではなくても夕ご飯として食べれるくらいのものは詩音が用意していた。詩音もまた、一人で食べる食事というのもがどれだけ寂しいかを感じる毎日だった。
「ゆんもこうやって一人で毎日食べてたんだよな…」
ゆんを置いて黙ってアメリカに行ってしまった自分を思い返す。ゆんはこうして一人で食事してる俺のことを思ってくれることはあるんだろうか。思い返すと、ゆんには本当に悪いことをしたと今更ながら、遅すぎるけど後悔の念が込み上げてくる。
「どうしてあんなことをしてしまったんだろう。自分があまりにも弱かったんだな。ゆんをずっと守ると決めていたのに放り出してしまった」
今になって自分がしてしまったことの取り戻せない大きさと時間が悔しく思われた。でも過去は戻らない、前を向くしかないんだよな。そう思った。
「花梨、帰りに文房具店に付き合って」
「へ?」
「レターセットだっけ、買いたいんだけど」
「おお!もちろんです、もちろんです!」
朝、バスのなかで詩音は花梨に頼んだ。
「レターセット買うことにしたんですか?」
「ま、まぁな」
「どうしたらいいかよくわかんないから、ちょっと検索してみてたらさ、更によくわからなくなったんだけど、とりあえず形から入れと思った」
「ぶひゃひゃひゃ…」
「笑うな」
「ごめんごめん、でもうん、それもいいと思います!手紙もらった方も素敵な便箋とか封筒だと嬉しいですよ!すみません、ノートに書いちゃえとか言っちゃって。任せて下さい、先輩らしくてゆんも納得なの一緒に選びますから!」
「…頼んだぞ」
そうして学校の帰り、詩音は花梨に連れられて行ったこともないような、おしゃれな文房具店に引っ張って行かれた。
「こういうところのほうがセンスの良いもの置いてあるんですよ!」
小さな店だった。こじんまりとした店内はディスプレイにもこだわっていて、様々な文具が綺麗に並べられていた。
「先輩、こっちこっち」
花梨がレターセットのコーナーへ引っ張っていく。
「シンプルなのがいいですよね」
ディスプレイされているものを一通りみて、棚に置かれているものを一つ一つ取り出して見ていく。詩音も花梨にならっていくつか取り出してみる。
「いつも同じレターセットにしといたら来たって分かりやすいと思うんです」
花梨は言う。
「あとね、なんならシールとかでデコってもいいんじゃないかな」
「めんどくせー」
「まぁまぁそう言わずに。せっかくなんだし!」
花梨が繰り出してくる色々なアイデアを半分聞き流しながらレターセットを探し続ける。
ふと詩音の目に止まったのは、音符がさり気なく印刷されたセットだった。書き心地の良さそうな少し大きめの白い便箋と封筒。便箋の左上と右下にはカラフルな音符が印刷されていて、封筒の右下にも同じ音符が印刷されていた。
「これがいいな…」
「おお、それ素敵…!先輩音楽やってるんでしょ?」
「どうしてそれを…」
「ゆんが教えてくれたの、行ってしまう前に」
「そっか」
「怒らないんですか?」
「お前は身内だろ、もう隠すことも何もないよ」
「身内認定来ましたー!!!きゃっきゃっ」
花梨は無邪気に喜ぶ。
「花梨、ありがとな」
「先輩、何をいまさらです。わたしくらいしか先輩とゆんの面倒みれる人間いないんですから。もうたっぷり5年は一緒にいるんですからね」
「本当に色々とありがとう」
「やだーくすぐったいですよ、改まって言われると。それはいいんです、この先先輩とゆんが早く元の仲良しに戻ってくれさえすれば」
「ん…」
「ささ、これ買って行きましょ?」
詩音は家に戻るとカバンを放り出し、買ってきたレターセットを持って、ゆんの部屋に行った。部屋にある長い机に座ってレターセットを取り出す。書きやすくて気に入っているボールペンを置き、レターセットのパッケージを開ける。便箋を一枚取り出し、ガイド線の印刷された下敷きの上に置く。しばらく頭の中で考えていたが、ええいとボールペンを手にして深呼吸して書き始めた。
寺本ゆん様
こんにちは。初めまして。僕は野々村詩音と言います。
…………
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