第72話 花梨、驚愕しつつも約束する

「今からいくよー!」

花梨からの電話が来た。

ゆんは深呼吸してちゃんと説明しなくちゃと自分に言い聞かせていた。

しばらくするとチャイムがなり、インターホンで確認すると花梨と修介だった。

「いらっしゃい」

ニッコリ笑ってゆんは二人を招き入れた。

修介は落ち着かない感じで、どもども、などと言いながら入ってきた。

「お父さんもお母さんも仕事でいないからリラックスして」

二人を居間に連れて行って、ソファに座るよう促す。

「のんびりお茶でもしながら話そうよ」

ゆんはそう言うとコーヒーメーカーに豆をセットする。

「ゆん、一体どうしたの?わたしだけじゃなく修介も来ていいって」

「うーん、だって高上さんは結局お兄ちゃんの友達未満でしょ?お兄ちゃん他に友達一人もいないんだよ。だからもう少しお兄ちゃんのこと知ってもらってもいいかなって思ったの」

「確かにね。詩音先輩、友達いないわ」

「でしょ?お兄ちゃんがいたら高上さんを連れてくることなんて出来ないじゃない。今のうちだなーって思って」

ゆんは笑う。

「でも大丈夫なの?」

「問題ないと思うよ」

「そうかなぁ。ま、来ちゃったことだし、ね。ほらほら修介落ち着いて。何きょどってるのよ」

花梨がたしなめる。

「いや、だって、本人いないのに俺が家まで来ちゃって…」

「二人には聞いて欲しいことが色々あるの。だから呼んだんだよ」

「お、俺にも?」

「そう。んー何から話したらいいかな」


ゆんは少し考える。そしてゆっくり言う。


「わたしね、野々村ゆんじゃないの。寺本ゆんなの」

「はぁぁぁぁぁ????何それ?????」

「本当のお父さんとお母さんの姓になったの」

「え、学校では…」

「それは先生方が配慮して下さったの。去年秋にはもうそうなってたの」

「どういうことなの?」

「うんとね、名字はどうでもいいの。わたしはここのお父さんとお母さんの子供に変わりはないから。でも便宜上変更が必要だったの」

「あんた何たくらんでんのよ?」

「明日ね、わたしアメリカに行くの。帰ってくるかどうかはわからないの」

「は???何言ってるのよ、ゆん!!!」

「ごめんね、あまり早く話してしまうとお兄ちゃんにバレちゃうと思ってこんなギリギリに花梨に言うことにしちゃって…」

「そ、そりゃ、黙ってって言われたら黙ってるけど、まぁ確かにそれとなくってことが起きないとは限らない…わね」

「お父さんお母さんにも向こうのお父さんお母さんにもお兄ちゃんにだけは絶対言わないでって頼んであるの」

「あんた…先輩と全く同じことしようとしてる?」

「そんなつもりはなかったの、自分が苦しすぎてどうしょうもなかったの。考えれば結局全く同じことをすることになっちゃうんだなって今になって思ってはいるんだけど」

「でもどうしてなの?結局詩音先輩とは全く連絡もしてないってこと?」

「ん、そう、ほとんど」

「でも…でもどうして?あと1年で高校も卒業じゃない、どうして今じゃなきゃいけないのよ?」

「ちょっと待ってて」

ゆんはそう言うと立ち上がって詩音の部屋へ行き、手に大きな額を持って返ってきた。

「これ見て」

『うわ~~~〜〜〜〜!!!!!』

二人は思わず大声で叫んだ。

レンが撮影した詩音の写真の大伸ばしだった。レンが送ってきたものを綺麗に額装したものだ。

「なんなんだこれ、これ、詩音だよな???…男でも惚れるわ…」

「元々カッコいいけど、これレベル違いすぎる」

「お兄ちゃんね、髪の毛切っちゃったの。わたしそれがどうしてかわからなくて。でも前にあのキノコ頭はわたしのためってずっと言ってたの。なのに向こうに行って髪の毛切っちゃったって知って、わたしのことはもう守ってくれないんだなって思ったの」

「ちょ、ちょっと待って、ゆん。それ話飛躍しすぎでしょ、あんたの頭の中だけで」

「でもね、何も言ってくれないの。だからそうなんだなって」

「あのねぇ、そんなわけないでしょ」

「それに、きっとお兄ちゃんは自分の道を歩き始めたんだなとも思ったの。そしたらその邪魔はしたくないもん。わたしも何か自分の道を見つけないとって思ったの。その写真を撮ったのね、本当のお父さんなの。有名なフォトグラファーなの。わたしが撮ってたお兄ちゃんの写真とあまりにも違いすぎて…こんなふうに撮ってみたいなとも思ったの」

「ゆん、それって後付でしょ?一体何が問題なの?どうして向こうに行っちゃうのよ」

「苦しいの。ただここに居ても苦しいだけなの。お兄ちゃんが帰ってくる。でもわたし向き合える自信もないし、ちゃんと話をすることも出来ないと思うの。そんな状態で一緒に生活するなんて、余計に苦しくなる。お互いにもっと傷ついてしまう」

「ゆん、結局逃げるのね」

「そう…なってしまうよね」

「でさ、大元の問題なんだけど。あんた詩音先輩のことどう思ってるの?」

「んーわからない」

「わからないって…夏から春っていう時間が過ぎようとしてるのに、まだわからないの?」

「お兄ちゃん、という存在に執着してるのか、お兄ちゃんとしてではなく好意を持ってるのかわからないの」

「ったく…同じでしょ?好きに変わりないんじゃないの」

「え?」

「あーもう!ずっと思ってたんだけど、あんた難しく考えすぎだよ。そりゃもちろん、兄妹から赤の他人っていう事実がわかってショックは受けただろうけど、そうすると先輩に対してドキドキするの別におかしくもなんともないじゃない?素直に好きなんだなって思えばいいじゃない?何が問題なのよ?」

「そこがね…わたし自身も何をもやもやしてるのかわからないの。それが苦しいの。まだ、妹から妹じゃないわたしへっていうのが、それをどうとらえたらいいのか…わからないみたいなの。それで苦しいの」

「はぁ…あんたらしいけどね。でもあんたがそう思い悩み続けてるから、あんた自身も、詩音先輩もどんどんおかしな方向へ行ってるんじゃないの?」

「うん…わかってる…だから…ここを離れて一人になってみたいと思ったの。ここにいたらどんどん悪い方に考えちゃうの。この家のどこにでもお兄ちゃんが残ってるの。責められてるような気分になっちゃったりもするの」

「ゆん…」

「ごめんね、花梨」

「わたしにじゃなく、先輩に言いなよ」

「ん、その時が来たら、必ず」


二人の会話を聞いていた修介はあっけにとられていた。ただただ聞いているしか出来ることはなかった。

会話はとりあえず終わったのか?なんか話まとまったのかこれ?何、詩音はゆんちゃんが好きなのか?妹だから好きじゃない好きなのか?なのか?でゆんちゃんは詩音の本当の妹ではないってことだよな?な?

話すタイミングが全くわからない修介はただ呆然としていた。


「あ、高上さん、ごめんなさい。一気に花梨と話ししちゃって」

「どーぞ、どーぞ…」

「そうだ、高上さんに教えておかないといけないことがあるの。こっちに来て、花梨も」

ゆんは二人を詩音の部屋に連れて行った。

「お兄ちゃんの部屋を見せたっていうのは内緒ね。お兄ちゃんの最後の秘密。お兄ちゃん音楽やってるの。今、アメリカの音楽プロデューサーでサウンドクリエーターの人のチームに入って楽曲製作してるの。夏休みの間だけって話だったんだけど…帰らなかったから、きっとそのプロジェクトが終わるまで参加したんだと思う。終わってなくても高校3年はやんなくちゃだからもうすぐ帰ってくるんだと思うけどね」

「はぁぁぁぁぁぁぁ。なんかもう次元が違いすぎてついてけないんだけど俺」

「なんならSpotifyにお兄ちゃんの曲あるよ」

「まぢか」

「お兄ちゃんは多分音楽やっていくつもりなんだと思う」

「そうか…あーもう無理、俺頭パンクする。野々村詩音てとんでもないヤツすぎたわ。なんで詩音を追うなんて考えたんだろ俺…かなうわけないわ」

「でも高上さんは唯一人そうやってお兄ちゃんのこと気にしてくれた人だよ。だから、お兄ちゃん、バスケ広場でちょいちょい声かけたりしてたんだと思う。お兄ちゃんがわたし以外の人に興味持つことなんてほとんどなかったんだよ。お兄ちゃん帰ってきたらきっとバスケしに行くから、会った時はこれまで通りに接して下さい。お兄ちゃん高上さんのこと嫌いじゃないと思うから、あんな性格だけど、話してやって下さい」

「お、おおう…ゆんちゃんがそう言うなら…」

「それとね、花梨、お兄ちゃん花梨と同学年になるでしょ。でもって今あのイケメンっぷりじゃない。花梨にお目付け役を任じたいんだけど」

「遠慮したい。無理。あんたがいればいいだけの話じゃないのったく」

「でも多分お兄ちゃん花梨を使うと思うなー」

「だよね、ですよね、そういうお方ですよね、はいはい」

「花梨、高上さん、お兄ちゃんをよろしくお願いします」

「何いってんのよ。あたりまえだし、わたしらいままで通りだし。何か問題でも?それにゆん、あんたもよ!毎日LINE送ってきなさい。しょーもないことでも、いじめられたでも自慢でもなんでもいいわよ。いいこと?」

「花梨…」

ゆんは花梨に抱きつく。

「泣いちゃダメだよ。お兄ちゃん子だったあんたが初めて自分で決めたことなんだから。いい?この先どうなるかわからないでしょ、きっと良い方に向かうから、ね?」

「うん」

「永遠の別れじゃないんだし、わたし達ずっと友達だよ。距離は離れちゃうけど、何でも相談するのよ?いいわね?」

「うん」

「ちゃんと詩音先輩の報告もするから安心して」

「うん」


抱き合ってうなずきあうゆんと花梨を修介は無言のまま優しく見守っていた。

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