第71話 旅立つまでの日々

決心して思っていることを話してゆんが考えたように物事を進めてもらうことになって、ゆんはやっと少し落ち着きを取り戻していた。


うん、大丈夫。


自分に何度も言い聞かせながら、毎日学校に通い、花梨と出かけたり遊んだりしながら過ごしていた。もちろん、花梨にはこのことは言ってない。最後の最後、行く直前になって伝えようと思っていた。


レンの日米の弁護士のアドバイスによって、ゆんは野々村家から寺本家へ戸籍を移すことになった。健とゆりはとても寂しそうだったが、15歳以上の場合なので、二人とゆん自らが書類を書いて離縁届けをだした。そしてゆんの戸籍は元々の寺本家に移った。その処理ののち、新たなパスポートを作り、アメリカのビザを申請した。詳しい手配はレンの弁護士にまかせた。学校へはゆりが説明に出向いたが、未成年であること、本人にもまわりにも動揺があるといけないということで、ゆんが在籍している間は野々村姓のままの扱いにしてもらった。


寺本ゆん…か。変な感じね。

この名字に慣れることが出来るだろうか。ゆんは思った。


「ねーもうすぐクリスマスだよ!」

「そうだね。花梨はどう過ごすの?」

「修介に連れ出されるらしいです」

「うわーもうそんな仲になってるんだ」

「知らないよ。別に今まで通り言い合いしてるだけなんだけど」

「ふぅん」

「でもま、修介が行く大学受けようとは思ってるんだ」

「うそ」

「ホントです。行きたい学部があるのわかったしね。あくまでもそっちがメインです」

「ふぅん、そういうことにしといてあげる」

「なんだとー!」

「だって好きなんでしょ?」

「うーん、難しいね。好きとかいうより、なんか一緒にいるのが自然になっちゃって。ほらよくドラマとか漫画である恋愛とかそういうんじゃないんだよね。あれってほんとどうなのって思うわ」

「ドキドキしたりしないの?」

「しない」

「はっきり言うのね」

「だってしないもん。でもいないと寂しいなって思うのよね。もちろんドキドキするならしてみたいですけどー」

そこに修介が割って入った。

「よ、お二人さん何してんの」

「何って、家に帰るんじゃないの」

「ちょっと寄り道して帰ろうぜ」

「受験生が何悠長なこと言ってるの」

「たまにはいいだろ」

「はいはい、高上さんに花梨を押し付けますね。わたしかーえろっと!ばいばーい!」

そして小さい声で高上に言う。

「さっき花梨が言ってたの聞いてたんでしょ?頼みますね。ふふっ」

ゆんは笑いながら花梨を修介に押し付けると小走りに二人から離れた。

いいなぁ。わたし達どうしてあんなふうになれなかったんだろう。ゆんは花梨が羨ましかった。


相変わらず詩音とゆんはほとんど連絡を取っていなかった。お互いに何を言えばいいのかまだわからなくて、入力しては消しての繰り返しで実際に送信することはどちらもなかった。お互いの様子はゆりを通して知るのみだった。


2月、ゆんの誕生日が来た。

ゆんは17歳になった。

学校からの帰り、花梨がケーキをおごってくれた。

「じゃーん!ろうそくは持参してきました!ショートケーキだからたくさん立てられないけど、我慢してね」

そういうと花梨はショートケーキに3本ほどろうそくをたてて火を灯した。

「さ、願い事して?ちゃんとお願いしたら火を消してね」

お兄ちゃんとまたいつかちゃんと会えますように。

ゆんはろうそくの火を吹き消した。

詩音からは「誕生日おめでとう」のメッセージが届いた。ただそれだけのメッセージだった。仕方ないと思いながらもゆんは寂しかった。もっと何か言うことはないの?画面を見てひとしきり呆れたものの、自分も全く同じだと思うと笑えなかった。


いつまでこんなことをしてるんだろう、わたし。しっかりしなくちゃ。もうすぐ…わたしはここを離れるんだから。


3月1日、卒業式があった。

本当なら詩音も卒業だった。しかし、詩音はもうすぐ戻ってきてもう一度3年生をやり直す。花梨の同級生になる。考えればちょっと笑えちゃうな、ゆんは思う。でも花梨が居れば大丈夫ね。わたしの代わりにお兄ちゃんを守ってくれるわ。花梨だもの。行く前、花梨にはちゃんと話そう。

高上修介は卒業生の代表として挨拶をした。なんだかんだいいながら、成績も悪くなく、人気者の修介はうってつけだった。修介は大学も無事合格し、春から有名私立大学の学生となる。「心配じゃないの?」と花梨に聞くと、「へーき、へーき」と返ってきた。「ちゃんと付き合おうってことになったからね。だから、わたしをないがしろにしたらタダじゃ許さない」なるほどな…ゆんは苦笑する。高上さん大変だろうな。でも彼は花梨のすることを面白がれる人だから大丈夫だよね。そんなことを卒業式の間思っていた。


ゆんは15日に出発することになっていた。決心してから半年くらい時間があったので、準備も完了し、荷物もすでに送ったりまとめたりしてあった。ただ、ゆんの部屋はそのままにしておくからと言うので、送ったのは洋服などくらいで、あとはそのままにしておくことにした。


花梨に電話する。

「花梨、14日時間取れる?っていうか取って欲しいの」

「あー修介と出かけるけど、いいよ」

「そうなんだ、あ、じゃぁ高上さんも一緒でいいよ」

「何があるの?」

「話しておきたいことがあるの。14日じゃなきゃだめなの。あ、うちに来てもらえるといいんだけど」

「修介が興味津々で駆けつけそうだけど」

「大丈夫よ、もう高上さんは身内みたいなものでしょ?」

「えーいいの?」

「お兄ちゃんも帰ってくることだし。といっても高上さんは大学生になっちゃうけど、あなたと一緒ならお兄ちゃんに会うこともあるでしょ?」

「多分ね」

「14日なら何時でもいいから、来る前に電話してくれるかな」

「わかったー!」


これが最後の大仕事だね。ゆん、しっかり花梨に説明して、わかってもらうのよ。そしてお兄ちゃんを頼むのよ。いい?出来るよね、寺本ゆん…

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