第65話 理解出来ない

ゆんは歩きながらタクシー会社の電話番号を調べ、目印になるような小さい店の前でタクシーを呼んで駅に向かった。何度も来たことがあるので、駅に着きさえすれば、後はいつものように電車を乗り継ぐだけ。家まで帰ることに関しては問題なかった。


しかし、ゆんが考え続けていたのは詩音の行動が全く理解できないことだった。ひとしきり怒りが優先していたが、電車にのって席に着くと悲しさが込み上げてきた。


わたしのためにあんな格好してるんだって言ったよね…あれだけ何度もカッコいいお兄ちゃんと外を歩きたいって言ったのに、断固として拒否したよね…それなのに、黙ってアメリカに行っちゃって、髪の毛まで切っちゃったんだ…それって、もうゆんのことはどうでもいいってこと?わたしのこと嫌いになっちゃったの?お兄ちゃんの気持ちを無視したままだから?どうして…


考えれば考えるほど、詩音が遠くに、距離だけではなく心まで遠くに行ってしまったように感じられて悲しくなった。ずっと一緒だったのに。詩音のことは何でもわかっていると思っていたのに。しかし、もう何もわからない…。ゆんはただ外の景色を眺めるだけだった。


気がつくと、ゆりからのLINE通知がたくさん入っていた。

「お母さん、大丈夫。家まで帰るだけだよ」

何も返信しないのは心配かけるだろうと思い、それだけ送った。


ふと小さい子供の声がしてそちらの方を見ると、小さい兄妹がいた。5、6歳だろうか。男の子が泣く妹を一生懸命なだめている。困った男の子はどうしようかと考えていたようだったが、ポケットに飴があるのを見つけて、ニッコリ笑って妹に差し出した。妹は泣き止んでその飴を受け取る。男の子は妹の頭を優しくなでていた。ゆんはほんの少し微笑んだ。わたし達もあんな兄妹だったのに…どうしてこうなってしまったんだろう。


ゆんは考える。

お兄ちゃんのいない世界。


今までは全く考えたこともなかった。それなのに今、実際にお兄ちゃんのいない毎日を送っている。花梨が毎日来てくれて、あちこち連れて行ってくれてなんとか生きてる。そう、なんとか生きてるとしか言いようのない毎日だとゆんは思う。それでも息をしてるし、ご飯も食べてるし、寝てもいる。でも胸にぽっかり空いたこの空間は何なのだろう。わたしの日々は、半分はお兄ちゃんが埋めていた。それで日々満たされていたんだ、と思う。お兄ちゃんとわたし、ずっと二人だけで生きてた。ずっとそれが続くと思ってた。でも今は違う。そして、お兄ちゃんは違う世界へ行ってしまったんじゃないかと思う。わたしの知らない場所で、知らない人達と一緒に生活して、何かが変わってしまったんだ。そして…わたしのことなんて忘れて行くんだろうか…。そう思うと胸が潰れそうだった。


大きな駅に到着し、家に近い駅までの路線に乗り換える。無意識レベルの行動だった。とにかく家に帰りたかった。そこが本当はわたしの場所ではなかったかのかもしれないということを知らされてもなお、そこに帰りたかった。お兄ちゃんとの大切な思い出ばかりの場所だから。

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