第60話 レンの話
「それじゃ、少し話でもしようか」
レンはそういうとヘンリーにコーヒーを淹れるよう頼んだ。
「3階に居住スペースがあるんだ。そちらに移動しよう」
そして4人は3階に移動した。
ひろいリビングにはソファがいくつか置いてあり、とても居心地よさそうな空間になっていた。一行がそこに落ち着いてしばらくすると、ヘンリーがコーヒーを運んできた。
「ごゆっくりどうぞ」
そういうと彼は階下に戻っていった。
「エミリー、仕事は大丈夫なのかい?」
「ええ。今日は他をキャンセルしました」
「はははは。君でもそんなことするんだね」
「今回だけですよ!親友のセシルの頼みだし、詩音が気になるし」
詩音は自分のことを知っているといったレンが気になっていたものの、切り出せずにいた。
「エミリー、セシル。少し詩音と話がしたいんだ。日本語で話すけどいいかな?」
「遠慮なさらずに」
そういうと二人は少し離れたところで二人は雑談を始めた。
「そうだな、何から話せばいいかな。まず、どうして僕が詩音君のことを知っているかということが気になってるよね?」
「はい」
「僕はね、君のお父さんとお母さんの知り合いなんだ。僕の妻が君のお母さんととても仲が良くてね、昔から」
「あぁ、それじゃ俺のこと知っててもおかしくないですね」
「君が生まれた時から知っているよ」
「それじゃ、ゆんのことも?」
「もちろんだよ。ゆんはわたし達の子供だ」
「は?え?なんて???」
「ゆんは私と妻の子供なんだよ」
ゆんと血が繋がらない兄妹だということは知っていたものの、ゆんが誰の子供かということは知らなかった。両親がそのことについては話さなかったからだ。
「なんですって?」
「そうか、聞いてなかったんだね」
「ゆんとは血の繋がっていない兄妹だということは知っていますが…」
「ゆんはわたし達が君のご両親に預けたんだ。預けたというより彼らがわたし達を助けるためにゆんを育てると言ってくださったんだ」
詩音の頭は回っていなかった。あまりにも突然のことでただ驚いていたのだ。著名なフォトグラファーであるレン・テラモトが、両親の知り合いで、ゆんは彼の子供だった…あまりにも唐突に知らされた事実が詩音にはすぐには飲み込めなかった。
「こうして偶然にも君にこロスで出会ったのはやはり縁があるということだと思う。わたし達について君のご両親が君に話をしていなかったのは知らなかったんだが、わたし達の事情をわたしが君に話してもいいだろうか」
「お願いします。俺にとってもゆんにとっても、とても大切なことなんです」
「わかった。わたしが話した後、君のご両親にもちゃんと聞いて欲しい。それをお願いした上で話そう」
レンはコーヒーを静かに一口飲む。コーヒーカップを置くと詩音の目を真っ直ぐみて話し始めた。
「妻が妊娠したとわかった頃、本当に情けないことなのだが、僕達二人はとても子供を育てていける状態ではなかったんだ。僕はフリーランスのカメラマンだったのだが、ほとんど仕事もなく、アルバイトをしていたんだ。妻は有名な服飾メーカーのコレクションに出るようなモデルをしていたのだが、やっとチャンスをつかんだところで当時は子供を連れてモデル業に励むなどということはありえなかった。それでも妻は子供を生むといってそれだけは頑として譲らなかったんだ。キャリアを棒に振っても子供は生むと言った。僕は自分の不甲斐なさに絶望を感じていたよ。普通の会社に就職でもして、生活を支えるべきだとも思って就職活動もしてみたんだ。でもいい加減年のいった人間が簡単に就職出来るわけもなく、ただバイトをいくつも掛け持ちしたりして、なんとかしなくてはと焦るばかりだった。いくつものバイトを抱えて体を壊しかけたりもした。それでも生まれてくる子供はしっかりわたし達の手で育てなければと思って無理することも厭わなかった。そんな時、僕にアメリカに行く話が回ってきたんだ。古い知り合いに欠員のでたロスにある写真家のスタジオの下働きに入らないかって誘われたんだ。悩んだよ。子供のことがある。しかし自分のやりたかったことをやってみたいという思い。妻はアメリカに行くよう僕に言ったんだ。夢を捨ててほしくないと。しかし、僕がアメリカに行くのに妻が付いて来れるような財政的な余裕は全く無かった。妻もアメリカに来てもモデルの仕事は難しいだろう。妻が日本に残っても彼女一人で子供を育てることは難しい。そうなると生まれてくる子はどうしたらいいのか本当にわたし達は悩んだ。あまりにも厳しい状況に妻が体調を崩し流産しかけたときに、君のお母さんだね、ゆりさんが駆けつけて下さって、ゆりさんは僕達の事情を知ったんだ。彼女は君の子育てをしていたから、他人事と思えないといって泣いていたよ。ゆりさんと妻は昔からの親友だった。それで、ゆりさんはご主人と話し合って、ゆんをうちで育てることで、僕達夫婦のその先に繋がるのならと言って下さったんだ。そして、君、詩音君も妹がいれば、さみしくないだろうとも言って下さったんだ。君のご両親は僕達夫婦からゆんを取り上げてしまうつもりは無かった。だから、僕達夫婦は毎年この時期に日本に戻ってゆんに会っていたんだ。今年はさっき話したように急用が入って僕は日本に戻ることが出来なかったんだ。ゆりさんのおかげで僕はロスの仕事を得ることが出来て、そこから様々なことがあって、あるコンテストで優勝することが出来たんだ。それから仕事も色々と出来るようになって、やっと妻をこちらに呼ぶことも出来たんだ。その余裕が出来たころにゆんを僕達のもとに引き取ることも考えたよ、もちろん。しかし、ゆりさんの話す君とゆんのことを聞いていたら、無理強いはしまいと決めたんだ。仲がよく寄り添って暮らしている二人を引き離すなどという資格はわたし達にはない。毎年一度会えるだけでもありがたいと。ただ、僕達が誰かということはゆんには話していない。だからゆんは何も知らないと思う」
詩音はただ黙って聞いていた。事情はよくわかった。しかし、どう、何を話せばいいのかわからないまま、ずっと押し黙っていた。
「ゆんは…知ってるみたいです。僕と血がつながっていないということだけは」
詩音はそれだけ言うのが精一杯だった。
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