第59話 詩音のフォトセッション

「さて、今日は詩音くんのポートレート撮影でいいのかな」

「はい、お願いします。詩音たらめちゃくちゃダサいカッコしてたんですけど、思い切って変身にチャレンジするっていうので、記念に写真を撮っておきたいと思って。一般人だし図々しいお願いだったんですけど、テラモトさんに連絡をいれてしまいました」

「とてもラッキーだったんだよ。実はわたしも毎年この前後の週は日本に滞在するんだ。だけど、急遽大物の依頼が入ったもんでね、それでこちらに残っていたんだ。日本に行くつもりだったから、ほとんどのスタッフも休暇中だし、他に仕事は入れてなくてね」

「そうだったんですね。本当にラッキーだったんですね」

「あの…俺のこと知ってるって…」

「先に撮影をして、後でゆっくり話そう。そちらの部屋を使って着替えるといいよ。準備が出来たら教えて欲しい」

そう言うとレンはスタジオのライトや機材のチェックに入った。

「それじゃ、着替えましょう、詩音」

そういうとエミリーは詩音を引っ張っていく。


セシルは著名なプロのフォトグラファーのスタジオが珍しく、あちこち見回っていた。もちろん友人の中にフォトグラファーはいるものの、こんなに立派なスタジオを持っている仲間はまだいない。カメラの数やレンズの種類、撮影用のライトや装備の多さは彼らのものとはもちろん比ではなかった。


着替えてほんの少しだけ、肌の質感を整えるメイクをほどこされた詩音は着替えた部屋を出ると、レンに「準備できました」と日本語で声をかけた。

「素晴らしいね。本物に負けない写真を撮らなくてはならないね」

そういってレンは日本語で返すとウインクした。


エミリーがたくさん用意したものの、詩音はこれだけでいい、とジーンズにサマーセーターを選んだ。モデルや俳優のプロモーション用じゃあるまいし、数枚撮ってもらえればいいと思ったのだ。


撮影用ライトの置かれた場所に立つよう指示される。詩音への指示は全て日本語だ。

「好きにポーズをとってごらん」

「無理ですよ。やったことない」

「うん、そうだね。じゃぁ適当に歩いたりしてみて」

レンは手に持ったカメラで詩音を追う。時々、

「上を向いて」

「少し考え込むような感じ?」

「笑って、とにかく笑ってみて?」

とポーズを取りやすいように声をかける。最初戸惑っていた詩音も言われるようにやってみているうちにだんだん飲み込めてきた。

「うん、いいね。そう、そのまま」

レンは自分が気の済むまで撮り続けた。


すぐにヘンリーがデータをiMacに移してモニターに表示する。

撮影したものをざっと見てからレンは言った。

「もうひとつ印象の違うものもとりたいんだけど、エミリー?」

「どんなものがいいでしょうか?」

「そうだね、ブラックのシャツと細いタイはない?」

「あります」

「じゃぁそれで。ジーンズは…まぁそのままでもいいかな」

「はい、じゃすぐ準備します。詩音、いらっしゃい」

エミリーは詩音を別室に引っ張っていく。

「俺、さっきのだけで良かったのに」

「何いってんの。大御所があんなこと言うこと滅多にないのよ。ありがたく撮ってもらいなさい」

言うとエミリーは引っ張り出した黒いシャツを着るようにいい、細いタイをラフに巻いた。


「うん、そうそう。思っていた通りだ」

レンはそう言うと再び詩音の撮影に入る。

「バスケットボールやってる感じとか出来る?」

「出来ます」

「じゃ、やってみて」

詩音はひとしきりバスケをやっているフリをする。

「次はこちらをじっと見つめるような感じで」

「少し後ろを向いて止まって」

「ニヤリと笑ってみて」

レンには何かイメージがあるらしく、次々と詩音に声をかけていた。

撮影がひとしきり終わるとデータをモニターでチェックするとレンは言った。

「うん。良かったよ。終了だ」

レンはそういうとニッコリ笑って詩音に握手を求めた。

「君は良い被写体だね。想像を掻き立てられるよ」

「ありがとうございます、と言っていいのかな…よくわからないや」

「出来上がった写真を見るとわかると思うよ」

レンは楽しそうに笑った。

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