第57話 詩音の変身

「ふっふっふっ。セシル様のコネクションを最大限に活用、かつクソイケメンなティーンがいるというエサでもって、業界でも知られているヘアスタイリストにコーディネーター、さらにはフォトスタジオも確保しました!」


朝起きると詩音は早々にセシルに捕まり車に押し込まれた。

「大げさ過ぎるよ。ちょっと髪の毛切りたいだけだよ」

「いいの、いいの。ここは任せなさい。どうなるのか楽しみだわ!」

セシルは超ゴキゲンである。

「こんなにワクワクするの久しぶりよ!!!」

ノリノリの音楽をガンガン鳴らしながら車をぶっ飛ばす。

セシル自身もアルバムジャケットのアートディレクターを務めたりもするクリエーターである。ジェレミーと一緒にどんどん仕事の幅を広げているところだ。

「まだそんなに有名じゃない人しか手掛けてないけどね」

セシルは言うが、センスのあるフォント使いは結構知られていたりする。

「ふふふふ、こんな逸材連れて行ったらめっちゃ自慢出来ちゃうわ!先ずは頭からね。アジア系のモデルよく手掛けてる友達に連絡したの。あなたのそのヘアスタイル見たらまずは卒倒しそうだけどね」

そんな話をしながら、セシルはウエスト・ハリウッドの路地裏に車を止める。付いて行くと、隠れ家的なサロンに入った。

「ここよ。入って」

促されて足を踏み入れる。そこにはスラリと背が高く細身の男が立っていた。

「セシル、やけに早いね」

そう言いながらも視線は詩音から離さない。

「電話で言ってたのはこの子?何なのこのヘアスタイル」

「だから!あなたの腕前でここはビシッと!」

「うーん。これはひどいね。ま、とりあえず座って。僕はカイル」

詩音を促すと大きな鏡の前に座らせた。ケープを着せて、櫛で髪をとく。

「ふむ。髪質は悪くないね。しかし、前髪長過ぎだなぁ」

そう言って前髪を櫛で少し持ち上げる。

「え???うわ…全然印象が変わるじゃん。綺麗な目をしてるのにもったいない!!!」

「でしょでしょ!だからあなたにお願いしたのよ」

「やる気になった。任せて。セシルはその辺で雑誌でもPCでも見てて」

そういうと詩音の髪を洗うために連れて行く。

髪の毛を洗いながらカイルは質問する。前髪をアップしてシャンプーを揉み込む。

「ちょっと待って。君、自分のこと分かってる?」

「分かってますよ。だからこのヘアスタイルだった」

「あーーー。そういうこと。ふぅん。自分がハンサムなのは分かってるんだ」

「他の人と比べたことはないけど。ゆんがハンサムだって言うから」

「ゆんって誰。彼女?」

「まだ片思いだけど」

「君が?まさか」

「まだそうみたいなんだ」

「てことは待ってるってわけか。可愛いの?」

「世界で一番」

「言うなー。セシル、ゆんって知ってる?」

向こうで雑誌をパラパラとめくっているセシルにカイルが聞く。

「めーっちゃくちゃ可愛いわよ!」

「へぇ、気になるな。その子のためにこんなダサい奴演じてた訳だ」

「うん、まぁ、そう」

「変わった奴だな、君は。まぁ僕が変身させてあげるよ。やりがいあるね。ふふ」

シャンプーのあとリンスをしてタオルで水分をいくらかおとして元の席に戻るようカイルが言う。

「ねぇ、セシル。すっごい想像力掻き立てられちゃうんだけど、この子」

「あんまり突拍子でもないのはやめてね。やっとキノコからの脱却を決心したようだから、一般的にイケメン路線で」

「セシルに注文つけられたら仕方ないな」

カイルはそれから黙ったまま真剣にハサミを入れだした。

うっとおしかった前髪を切る。少し分け目を入れ、分け目の反対側はこころもち長く残す。

キノコと呼ばれていただけあるボリュームのあるサイドはシャギーを入れながら軽くしていく。

「そうだな、まだ若いからちょっと不良感だしてもいいかな。襟足は短くしないで長めにのこすね」

途中で鼻歌まで歌いながら手際よくカットしていく。鏡を見ていた詩音は自分の姿ながらにビックリするばかりだった。なにしろ6年以上キノコスタイル以外はしたことがなかったのだ。

カットを終えるとやわらかいブラシで詩音の顔にかかった切った髪の毛を払い、「さ、出来たよ!」と満面の笑みで言った。

「どうだい?」

「これ…俺?」

詩音は鏡に映る自分の姿を見て信じられないというような顔をした。

「何言ってるんだよ。だからヘアスタイルは大事なんだ。セシル、来て!」

セシルは待ってましたとばかりに走ってやってきた。

「うわーーーーー!!!凄い!!!本当に詩音なの?」

「この子はなんてったって…」

『元がいい!!!』

カイルとセシルは同時に言い放った。

「セシル、この子どこで拾ったの?」

「ジェレミーが見つけたのよ」

「あ、じゃ音楽裏方系?自分では歌ったりしないの?」

「しません」

「あーもったいない。もし君が自分で出ていくようなことするなら、僕がガッツリサポートさせて欲しい。君の専属ヘアスタイリストになるよ。いつでもおいでよ」

「いいんですか?と言っても俺日本に帰るけど」

「こっちに来たらまず一番にここに来ること。約束して」

「は、はい」

「じゃ、次は服装をどうにかしなくちゃ。セシル、誰に頼んだの?」

「エミリーよ」

「まじで?よくそんな時間取れたね」

「エミリーは高校の同級生だから。一緒に将来のこと話しながら頑張って勉強した仲だからね。それに詩音ならエミリーも喜ぶと思わない?」

「確かに。そそられるだろうね」

そんな話をしていたら、そのエミリー本人がやって来た。

「ハイ、セシル、カイル!久しぶりね!」

『エミリー!!!』

セシルとカイルは同時に叫んだ。

エミリーは業界では知られているスタイリスト、コーディネーターだ。自分たちの友達の中でも出世頭の筆頭株。有名なモデルや俳優についている。公式行事にもあたるが、プライベートでも服装に関して相談にのっている人物だ。

「きゃーエミリー!今日はありがとう。大丈夫だったの?」

「セシルに言われたら来なくちゃでしょ?電話ではよく話すけど、随分会ってなかったし。それでどの子なの?」

「ふふふ。この子よ。シオン・ノノムラ。日本人よ。ジェレミーが見つけたの」

セシルは詩音をエミリーの前に押し出した。

「セシル。あなた凄い子見つけてきたものね…」

そう言うとエミリーはひとしきり詩音を見て、詩音の顎に手を添えて色んな角度から見て検証していた。

「最高よ。わたしが今まで見た中でもね。身長も十分だし。わたしのクライアントもかすんじゃったわ」

「エミリーそれ本気?」

「えぇ。じゃぁわたしの家に行きましょうか。仕事場でもいいんだけど、こんな子すぐにみんなに見せるのもったいないわ。ふふふ。家にも色々さばききれないくらいのサンプルとか置いてあるから、うちで揃えられると思うわ。行きましょう。セシル、わたしの家までこの素敵な子を連れてきてくれるわね?」

「もちろんよ!」

そういうと3人はカイルに挨拶して外に出ていった。

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