第56話 プレゼント
「あー詩音、そこ、そこのドラムなんだけど、もうちょっとピッタリくるサウンドないかな」
「ライブラリ見てみるよ。バスドラ?スネア?」
「スネア。もう少しなんというかこもった感じのほうが良くないか?」
「そうかな。ちょっと入れ替えてみる」
「これは?」
「うーん、違うな」
「じゃ、これ」
「それもいまいちピンとこないな」
「じゃ少し待って、もう少し探してあれこれ試して良さそうなのをまた聞かせるよ」
「そうしてくれ。あんまり主張しない感じの音が欲しい」
「了解」
詩音はジェレミーの家に居候していた。音楽制作のためのスタジオ付きの家だ。そこにジェレミーの仲間が集って色々と作業をしているのだ。ジェレミー自身は歌を歌ったりすることはないのだが、バックのサウンドのクリエーターとしてインディ系で名を馳せ、今では大物の作品に参加することもあるサウンドクリエーター兼プロデューサーでもある。要するに詩音の大先輩である。そんな二人がなぜ知り合ったのかというと、詩音が作ってサウンドクラウドに載せていた曲をたまたまジェレミーが聞いて興味を持ちコンタクトしたのが始まりだった。詩音がまだ高校生だと知ったジェレミーはその才能に気付いて自分の作品の一部に参加させたり、アレンジを任せてみたりと色々と試していた。少し前に大物シンガーのアルバムに参加要請が来て、作業チームを作るにあたって詩音にも声をかけてみたというわけだ。もちろん、高校生だから無理だろうとは思ったものの、丁度夏休みに入るから行くという返事をもらい、喜んで招待した。
「詩音、なんかおまえんちから届いたぞ。こっち出てこいよ」
「え?」
詩音はスタジオを出て箱を受け取る。
「あれ、なんでここ知ってるの?」
「ちゃんとご両親に住所や連絡先は伝えてあるよ」
「あー」
「お前まだ高校生なんだからな。図体でかいけど」
「一言余計だと思う」
「ほらほら、開けてみろ」
ジェレミーは促す。横から覗いていたジェレミーは歓声を上げた。
「やっほー!お菓子が沢山入ってるじゃないか!」
それを聞いてスタジオに居た数名もやって来た。
「オセンベイ?こっちはなに?チョコスティック?キャンディも美味しそうだ」
もらっていい?といってみんなが手に取って作業に戻っていく。
「やれやれ。なんか取られたもんあったら取り返しにいけよ」
ジェレミーは笑いながらスタジオに入っていった。
詩音は箱の中の残りを取り出して見ていた。そして小さな紙袋に気付いた。袋の中にはリボンのついた小さな箱があった。ゆんからの誕生日プレゼントだった。箱を開けてみると、ヘ音記号のピアスが入っていた。詩音は思わずにっこり笑っていた。小さいメッセージカードも添えられていた。それには「18歳のお誕生日おめでとう。大好き」と書かれていた。詩音は思わず、この「大好き」が一人の男に対しての「大好き」ならいいんだけどな、と少し苦笑する。ゆんは全てを知っている。そして「少し待って」と言った。そのメッセージを受け取るまえはただただ悲観するしかなかったが、今は少し希望を持ってもいいんじゃないかと思うようになっていた。自分から逃げたのにな…詩音は自嘲気味に苦笑いした。
作業が一段落ついて、ジェレミーが言う。
「今日は終わり。たまにはみんな早く休もう。飲みに行くなり、女の子引っ掛けに行くなりご自由に!その分明日は覚悟しとけよ!」
歓声があがりみんなそそくさとスタジオを出ていく。
ジェレミーは詩音に向かってニッコリ微笑むと、「飲もうぜ、じゃない、お前はまだ飲めないな、話でもしようぜ」と言って誘った。
ジェレミーの住居スペースには広いダイニングキッチンがあった。ジェレミーのパートナー、セシルが夕食を用意していた。
「あら、戻ったのね。丁度良かった。夕食にしましょう」
3人はテーブルに座るとのんびりと食事を始めた。
「詩音さ、背が高いよね。ひょっとしてバスケットボール出来る?」
「出来ますよ」
「でしょうね。もちろんこっちの選手はもっと大きい人ばかりだけど、なんか詩音て面構えだけでできそう」
「何言ってんだ」
「だって!こんなハンサムな子めったにいないよ!なんかもうコークの広告とかに出てきそうなんだもん。なのに何なのそのキノコ頭よね…言われない?」
「しょっちゅう言われてますよ、妹に」
「妹いるの!写真ある?絶対絶対可愛いに決まってるよね。見せて!」
詩音は苦笑いする。セシルにせがまれてゆんの写真を見せる。
「うっわーーーーーやばいわこれ。超カワイイ!!!何歳?え、16歳?うわー。あ、でもさ、詩音と似てないよね?タイプの違う系統の可愛さ」
「あ、全く血は繋がってないんだ」
「え???」
ジェレミーとセシルは固まった。そんなことは初めて聞いたからだ。
「あ、あ、そうだったんだ。いや、珍しいことじゃないよ、こっちだとそういう人ごろごろいるもんな」
「そうそう、わたしだってお姉ちゃんは義理の姉よ。お父さんが違うのよね」
「あのさ、それでさ、その妹を好きになることっておかしい?」
「へ?詩音、ゆんのこと好きなのか」
「別におかしくないんじゃない?本当に血の繋がってる妹だったら色々問題だけど、そうじゃないんなら問題ないんじゃない?法律的にも道徳的にも」
「俺はそう思ってるんだけど、ゆんがさ…」
「で、ゆんは知ってるわけ?」
「知ってるみたいなんだ」
「まだ16じゃない。色々悩む年頃よ。特に女の子はフクザツなの。頭でわかってても心が拒否しちゃうとか、その逆もあるし、すぐ判断出来ないんだと思うよ」
「一度だけ俺ゆんと話したじゃん、FaceTimeで。その時の印象だけど、もうひたすらお兄ちゃん子って感じだったもんな。そこからいきなり恋愛ってのは切り替え効かないんじゃないか?それで戸惑ってるんじゃないかなと思うよ」
「わたし達だってこうして落ち着くまでにどれだけ喧嘩したりくっついたり離れたりしたと思う?そりゃもう色々ありすぎたわよね。思い返してもため息が出るわ。しょうもないことで仲違いしたりとかしょっちゅうだったのよ」
「おいおい、何を言ってるんだ。まぁ、色々あったのは認めるよ」
「そういうこと。何もかもすんなり上手くいくなんて小説の中でもないわよ」
「焦らないことさ。お前らずっと二人で生活してきたようなもんなんだろ?お互いのことほとんどわかってるんだろ?ならきっと落ち着くところに落ち着くよ。お前は信じてるんだろ?きっと上手くいくって」
「うん」
「じゃぁどんと構えて待ってればいいよ。これで少しは悩みが軽くなった?ちゃんと作業はしてるけどお前の頭のうえどんより雲が渦巻いてたからな」
「そんなにですか?」
「いい作品作るには没頭しなくちゃならないんだ。気持ちよく作業出来なきゃ見逃してしまうものも出てくる、ってのが俺の信条。だから、こうして話を聞くチャンスをうかがってたのさ。わかった?」
「サンクス、ジェレミー」
「滞在もあともう少しだろ?思い切り頑張ってくれ」
「了解、兄貴!あ、それでセシル、どこかいいヘアサロン知ってる?」
「知ってる、知ってる!!!なになに、その頭変えるの?」
「うん。変えたい」
「まかせて!きゃーーーーわたしが興奮してきちゃった!!!」
そう言うとセシルはどこかに電話をかけ始めた。
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