第55話 ゆりと旧友
「ゆん、支度できた?」
「うん」
「大丈夫?目が赤いわよ」
「大丈夫。色々考えててよく眠れなかったの」
昨晩ゆりは明日会う旧友と電話で話をしていた。
「ゆんは知ってるみたいなの」
「そうなのね」
「あの子が何か聞いてきたら隠さずに話してもらえるかしら」
「ええ。わかったわ。もちろんよ」
「それとね、詩音がアメリカに行ってしまっていて…ゆんは自分のせいだと思っているの。詩音の気持ちをダメだって言ったそうなの」
「わたしが解決しなくては」
「そう思う?」
「思うわ。ちゃんと話して置くべきだったんだわ」
「詩音君は大丈夫なの?」
「ええ。本当の理由がどうであれ、音楽仲間のプロジェクトに参加するってアメリカに行ったの。毎日忙しいって言ってるわ。夏休みが終わる前に帰ってくるのよ」
「そう。ゆんは?」
「ずっと上の空よ」
「わたしの話を聞いてくれるかしら」
「きっと聞きたいと思うわ。そうすることでしか前に進めないことはわかっているはずだから」
「ゆり…ゆんのこと本当によく見てくれているのね」
「何を言うのよ。わたしも健さんもゆんがいてくれてありがたく思っているのよ。ゆんのおかげで詩音もひとりぼっちにならなずにすんだのよ。わたし達遅くまで仕事しているから、ゆんがいなかったら詩音はずっと一人ぼっちだったわ」
「そう言ってもらえるなんて…」
「大丈夫よ、わたしも健さんも全てわかったうえでゆんを迎えたの。何度も言ってるでしょう?だから、明日はお願いね」
「ええ。聞かれたら全て話すわ」
「ごめんなさいね、あなたに全て押し付けてしまうようで。でもこのままだと、詩音もゆんも二人ともが悲しむことになってしまうの」
「わかってるわ。ゆんに嫌われてしまうとしても…話すわ」
「ゆん、行きましょう」
「はい」
二人は電車に乗り、2時間くらいのところにある駅で降りる。いわゆる避暑地と言われる別荘の多くある地域だが、そこからは少し外れたところにある一軒のアトリエのような場所を毎年訪れる。そしてそこにいる夫婦に会う。ゆりはその夫婦としばらく話をし、最後に女性とゆんは二人で写真を撮る。写真を撮るのはご主人だ。毎年の儀式。物心ついたときから一度たりとも欠かしていない行事。小さい頃は夏休みの遠出だと、遠足のように思っていた。その遠足に詩音がいないことは不思議でしょうがなかったのだけれど。
電車の中でゆんは過ぎていく風景を見ながらも昨晩の詩音のメッセージの意味をどう捉えてよいのかわからず動揺していた。
「ゆん?どうしたの?気分でも悪い?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そう?お茶でも飲んで」
ゆりはペットボトルのお茶を取り出すとゆんに渡す。
「ありがとう。お母さん」
「ゆん、ひとつお話してもいい?」
「うん?何かあるの?」
「黙っているべきなんだろうけれど、あなたも悩んでいるようだから。あのね、詩音ね、お父さんと話をしたときに、お父さんに引っ叩かれたのよ」
「え???どうして?お兄ちゃん何を言ったの?」
「ゆんを傷つけないと約束したのにってお父さん怒ったの」
「お兄ちゃん…お父さんに話し…たんだ…」
「詩音ね、凄く泣いてたそうよ」
「お兄ちゃんが泣いたの?泣いてたの?」
「そうよ。ゆん、あなたが知っていることはわたし達ももちろん知っているのよ。詩音もね。そしてわたし達は随分まえから詩音の気持ちは知っていたの。詩音は自分からわたし達に話に来たのよ、随分と前にね」
「お母さん?何を言っているの?それで、それで、それはおかしいとか、ダメだとか思わなかったの?」
「どうして?わたし達は二人の気持ちに任せるとその時から決めているのよ」
「お母さん、何を言ってるの?何を言ってるのよ…兄と妹なんだよ、わたし達…」
「ゆん、今日は聞きたいことは全てたずねなさい。いいわね。全て答えてくれると約束してくれたから」
それから二人の会話はなくなり、ただ電車の揺れに身をまかせていた。
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