第54話 離れていても
ゆんは動揺していた。
母に何かを知っていると気付かれたと思う。きっと気付いたはず。そう考えるとこれからどう接したらいいのか分からなくなっていた。自分がしっかりしないと…。
それからゆんは出来るだけ何もなかったように普通に過ごした。ゆりもそれ以上聞いて来ることはなかった。聞きたいと思ってるんだろうなとは思うものの、放っておいてくれているのはありがたかった。
毎日花梨がやって来て宿題を二人でこなし、土曜日はバスケを見に出かけた。花梨と高上はすっかりいいコンビになっていた。常に漫才のようなやりとりをしていて、見ていて飽きなかった。素直に羨ましいと思う。二人の間に気にすることなどない。そう思うとゆんはまた考え込んでしまうのだった。
「ほーら、何暗くなってんの。ほんとに一体どうしちゃったの?」
花梨はゆんに話しかける。
「何でもないよ!あ、そうだ、忘れてた!これ見て?お兄ちゃんの友達が送ってくれたの」
ジェレミーが送ってきた写真を見せる。
「きゃははは!!!何これ!先輩のこんな姿初めて見たよ!!!わたしにもちょうだい!」
「やだよー!」
「けち!はいはい、独り占めしたいよね、大好きなお兄ちゃんだもん」
「大好き、か」
「あれ?大好きには変わりないでしょ?」
「え?」
「何考え込んでるのよ。なんかあるのかもしれないけど、詩音先輩のこと嫌いになったわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだけど…」
「ぶっちゃけていい?あれだけイイ男だと、あんたがドキドキしても仕方ないわよってこと。あんた詩音先輩の純粋培養だし鈍感だし、目覚めて驚いたのかもだけど」
「目覚めてって?」
「あんたさー、今までそんなふうに感じたこと一度もなかったでしょ」
「う、うん」
「でしょうね。あんたが言ったように、お兄ちゃんだから無理ってのもわかる。でもどうなの?だからってこんな風に離れちゃってどう思ってるの?」
「あ…うん…海に行ったりした時に、お兄ちゃんがいたらもっと楽しいのにって…」
「でしょ?それで、ちゃんと話したの?詩音先輩にも言い分あると思うよ?どうして行っちゃったのかも含めて。聞いてないんでしょ」
「聞けないよ…」
「どうして?とても大切なことかもしれないじゃない?」
「聞きたくないの」
「あーのーねー!それじゃいつまでたってもこのままだよ!ずっとこんな調子でやってくつもり?」
「だって仕方ないんだもん」
「ゆん、わたしに話してないことあるよね。隠しててもわかるんだよ?あんたほんとにずっと様子がおかしいんだもん!」
「そんなにおかしい?」
「誰が見ても。おまけにあんた詩音先輩と全く連絡取ってないでしょ。先輩すごく心配してるよ。わたしがちょいちょいメッセ送るじゃん。ただの報告だけど。今日はゆんとここ行きましたみたいな。そしたらいつもゆんをよろしく頼むって最後に書いてあるんだよ。ケンカしたのかどうだか知らないけど、ゆん、薄情すぎるよ。元気?くらい送ってあげなよ」
ゆんは自分は情けないやつだと思った。自然に涙がこぼれて来る。
「ごめん、言い過ぎた」
そう言うと花梨はゆんを思い切り抱きしめた。
「何がつらいのかわたしにはわからない。でも、もう少し素直になってもいいんじゃない?」
ゆんは花梨の言葉を頭の中で思い返しながら、ただ泣いていた。
ゆんは一人で帰ると言い残して、バスケの広場から家に戻った。
またひとりぼっちだ。この状態に慣れなくてはならないはずなのに、無性に寂しくて仕方ない。この夏休みに入るまで全くのひとりぼっちという状態は今までほとんどなかった。詩音がずっと一緒にいたからだ。いつもゆんを気遣い、ゆんを守ってくれていた「お兄ちゃん」。ゆんのためにあんな外見を貫き通し、何を言われてもやられても変えようとしなかったのは全てゆんのためだった。
花梨に言われたことも頭のなかに響いていて、無意識のうちにスマホのLINEを立ち上げていた。もうずっと詩音とLINEしていなかった。いつも一緒だったからほとんど使うことも無かったが、何かあったときのためにと一応友達登録はしてある。
「え?」
ゆんは驚いた。プッシュ通知あったっけ?なかったよね…気付かなかっただけ?LINEの画面を見て詩音から一件メッセージが入っているのに気付いた。
「聴いたんだね」
その一言だけだった。あぁ、やっぱりあのプレイリストに気付いたことを把握してたんだ。なんて返せばいい?返すべき?花梨は薄情者だと言った。それは思う、思うよ…。ゆんは考えた挙げ句一言だけ送ることにした。
「聴いたよ」
これじゃ何も伝わらないだろうけど…わたしがどう思ったか尋ねてくるかしら…ううん…ないと思う。ただ、詩音の気持ちを無視し続ける、花梨曰くの薄情者にはなりたくなかった。ゆんは送信ボタンを押した。押した直後にLINEを閉じた。まだ恐かったのだ。しかし、すぐにプッシュ通知が来た。詩音からただ一言。
「伝わったと思いたいよ」
ゆんは思った。痛いほどにわかったよ…あまりにも痛くて、胸をぐさぐさえぐられて、でも嬉しくて、全身が震えるほどだったよ…でもそれと同じくらいその思いに答えられなかったのが悲しくて悲しくて…だから明日、わたしも前に進んでみようと思う。
「もう少しだけ待って。明日はあの日なの」
これで伝わるだろうか。多分…お兄ちゃんは知ってる。それを言おうとしてわたしが拒んだんだ。だからアメリカに行ってしまったのだ。ゆんにはわかっていた。
詩音の返事はこうだった。
「俺が甘かったんだな。ゆんは全てわかってたんだね」
それきり何も詩音は送ってこなかった。ゆんは、それがどういう意味で送られてきたのかわからなかった。わかっていて拒んだわたしに対して呆れてしまったんだろうか…
ゆんは詩音とのチャット画面を開いたスマホを抱きしめたまま涙が流れるままにまかせ、いつしか眠りに入っていた。
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