第52話 あの日が近づいている

「ただいまー」


ゆんが家に入ってもまだ誰もいなかった。

ふぅっとため息をついて荷物を下ろす。電気ポットに水を入れ、水が湧くあいだに着替えに行く。戻ってきてレモンティーを作るとほっとソファに腰をおろした。

「あ、カメラ戻さなくちゃ」

そうつぶやいたものの、すぐに動く気にはならず、しばらく紅茶をすすりながらぼーっと考え事をする。

今日は楽しかったな。お兄ちゃんが一緒だったらもっと楽しかったのに。

ぎこちない関係になっているのも忘れてゆんは思う。

お兄ちゃん何してるのかな…元気にやってるかな。やってるよね。やりたかったことに集中して毎日充実してるんだろうな。きっとそうだよね。どんなプロジェクトなんだろう。ジェレミーってどのくらいの位置にいる人なんだろう。そう言えば何も聞いてなかったな。ていうか、彼のとこに行ったんだよね?あー思えば何も聞いてないや。


らいん〜♪

「何?花梨からかな?あれ?お兄ちゃんから?え、うそ…」

チャット画面を開くと予想もしなかった英語の文章が並んでいた。

「ジェレミーだよ!ゆんに連絡しないの?って聞いたらいいんだとかいうから、僕が送ります。ゲーム勝負の結果、詩音のiPhoneを取り上げることに成功しました!この写真見て?笑えるだろ?これ送りたくてさ!心配しないで、詩音は元気だよ。がんがん働かせてるからね。…んーと、そのほうが考え事しなくてすむでしょ?ってことで、早く仲直りしなよ!バーイ!」

ジェレミーが添付していたのは、前髪をアップしてくくられておどけたポーズで写っている詩音だった。

「ぷぷぷ…こんなの初めて見たよ。あはははは」

ゆんはホッとした。どんな様子であちらで過ごしているのか全くわからなかったてので、元気そうな姿をみて心底ホッとした。ほっとしたら涙がじわりと目の端に溜まる。愛おしそうにスマホの画面に写った詩音をゆびでなぞる。会いたい…でもどんな顔をして会えばいいのかまだわからない…


冷蔵庫をのぞいて簡単な夕飯を作って食べる。ひとりの食事はさみしく味けないものなんだなとつくづく思う。お兄ちゃんがもし、妹のことなんて全然考えない人だったら?もちろんこれまでだって夕ご飯は別々にとっていただろうな。その前にわたしのために料理してくれたりなんかしていないだろう。一緒に登下校もしないし、稀に話してもあんまり楽しくないかもしれない。他の兄妹ってどんな感じなんだろうなぁ。そして、兄妹でお互いに恋愛感情を抱くこともあるのかな…あの映画みたいに。もしそうなったらどうしてるんだろう…


そんなことを考えていたら、ゆりが帰宅した。


「あら、ゆん、食べてたのね」

「あ、おかえりお母さん。もう終わりだよー」

「そうなのね。あ、そうそうもうすぐいつものところに出かけるわよ」

「うん。もう1年たつんだ」

「早いわね。予定は19日よ。スケジュール開けておいてね」

8月19日。お兄ちゃんの誕生日だ…


毎年一度、夏にわたしはお母さんと二人で出かける。

ある女性ひとに会うためだ。

花梨には知らないと言ったけど、わたしはあの女性ひとを随分前から知っていた。そしてその女性が何者なのかも知っていた。お母さんもその女性もわたしが知っているとは思ってもいないだろうけれど。

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