第51話 とりあえず夏休みをエンジョイしよう

「おはよう、お母さん」

「あら、おはよう」

「今日はね、花梨と海まで行ってくる」

「そうなのね。気をつけてね」

「うん。それでね、お兄ちゃんに何か送るんでしょ?これも送ってくれるかな。誕生日のプレゼントなの。少し前に買って準備してたの。まさかお兄ちゃんがアメリカに行くとは思わなくて、無駄になっちゃったかなって思ってた」

「まぁ、ちゃんと用意してたのね、ふふ、ちゃあんと送るから安心して。ささ、出かけるならご飯食べちゃいなさい」

「はーい」


ゆんがあのピアスに添えたカードに書いたのは


18歳の誕生日おめでとう。大好きだよ。


ずるいとは思ったものの、それをどうとるかは詩音次第と思った。それ以上は何を書いていいのかわからなかった。昨日みつけたプレイリストと全く同じものを自分でも非公開のプレイリストとして作ってみた。でもお互いにフォローしてるからわたしが何を聞いてるかを知ろうとすればわかっちゃうよね。多分、お兄ちゃんのことだから絶対チェック入れてる。あのプレイリストを発見したことはすぐにわかってしまうだろう。


「おっはよー!」

玄関前に花梨が来ていた。

「おはよう!」

「ちょい海辺へが今日のテーマでしたよね?」

「うん」

「ゆん、詩音先輩のカメラ持ってきなさい」

「へ???」

「わたくしめが先輩に許可を取りました!」

「うそ…」

「ウソじゃないです。わたしも使いたかったからね、ふっふっふっ。早く持ってきて!なんかレンズも好きなの使えって」

「まだ使い方もわからないくせに…」

「実践実践!助っ人連れてくから」

「は?誰?」

「高上だよー。あいつちょいカメラいじってたことあるっていうから」

「ははぁ…ふぅん、なるほど」

「ちょっっ何いってんの、インストラクターとしてよ!」

「はいはい」

花梨ってお兄ちゃんの天敵高上とウマが合うんだな。意外だわ。

「わかった。とりあえず持ってくる」


そうしてゆん、花梨は駅で高上と落ち合った。

「おーい!」

「感心感心。先に来てた」

「えらそーに」

「なにおー!」

ゆんは二人はいいコンビだと思う。なんだかんだ言いながら、彼らの会話は攻撃的ではあるものの楽しそうだ。

「あーゆんちゃん?俺、詩音と敵対してるとかそんなんじゃないから」

「そうなんですか?疑わしいなぁ」

「それはまぁ、あとで話そうよ、とりあえず今日はおじゃましまーす」

「ははっ、わかりました」

そうして3人は電車に揺られて海を目指した。


別に泳ごうというのではない。海辺でブラブラ散歩しながら写真でも撮ろうかという気晴らし的なものだった。昨晩、ゆんの切羽詰まった電話を受けた花梨はとにかく落ち着かせないとと思ったのだ。何があってどうしてゆんが電話の向こうで号泣しているのかわからなかったけど、泣くままにしておいた。そのうち話すだろう、それは確信していたから。あの子はギリギリまで我慢して耐えられなくなったらわたしに何か言ってくると思っていたから。


駅を降りると目の前には海が広がっていた。

「うわー!キラキラしてるね!」

よく晴れた日だった。

海水浴場は避けて、まわりのその辺りをぶらぶらすることにした。

「ほらほら、カメラだして?」

花梨はゆんにせがむ。カメラバッグからカメラ本体を取り出して、レンズを装着する。基本的なズームレンズだ。

「難しいことはないんだ。基本的にはね。今日みたいなときは絞り優先にするとカメラがいい感じに撮ってくれるんだ。もっと本格的にやりたかったら、マニュアルモード、Mっていうところにダイアルを合わせて、露出とシャッタースピードを自分で決めるんだ。それには経験が必要になってくるけどね。露出っていうのは明るさ。明るすぎたら暗く設定したり、暗かったら明るく持っていくんだ。シャッタースピードっていうのは、例えば、人間や犬が歩いたり走ったりするでしょ?その動くスピードに合わせて設定してブレずに人や犬がちゃんと写るようにするのに使うんだよ」

「おお、そうなんだ。わかりやすい。見直した!」

「お前、どこまでも上からだな」

「ふふん!じゃ、交代で色々撮ってみようよ!」

花梨ははしゃいでいた。ゆんはそんな二人が羨ましかった。

「あっちのほう、人少ないみたい」

花梨の指差すほうへ行くことにした。

3人は波打ち際を少し離れたところに座ってしばし遠くを眺める。

「気持ちいいねー!」

そしてそれから3人は駆けっこしたり、砂のお城を作ったり、修介を埋めてみたり、笑い転げながら数時間を過ごした。そして、駅からそう遠くない、落ち着いた喫茶店に落ち着いた。

「あー楽しかった!」

「うん!色々面白かった〜!」

ゆんも花梨もご機嫌であった。

「ゆん、機嫌直った?」

「あ、へへ、昨日はごめんね、今日は本当に楽しかったよ!高上さんもありがとうございました」

「うわーゆんちゃんに感謝されちゃったぞ」

「ばーか」

「にしてもさ、野々村詩音って凄いヤツだな」

「唐突に何言ってんのよ」

「俺は、詩音がバスケ出来ないふりしたときにちょい考えを改めた」

「今更…あんたのせいで詩音先輩ひどい目にあったのに!」

「そんでイケメン説が事実だったというのを目の当たりにして完全負けたと思った。うん」

「そんな顔面の状態が必須?」

「当然だろ!お年頃だぞ!だから、ま、ゆんちゃん、今までのことは謝るよ」

「うえー何言っちゃってんの!」

ゆんは花梨と高上の会話をぼーっと聞いていた。

「ゆん?大丈夫?」

「あ…大丈夫大丈夫、なんでもないよ。ただ、二人の会話が阿吽の呼吸だなって」

「えええええ!やめて!!!」

「高上さん、花梨のことお気に入りですよね?」

「な、な、何いってんの!ゆん!!!」

「まぁね、俺にここまで突っ込むやつはコイツ以外には知らないからな」

「土曜日のバスケにも誘ってるんでしょ?」

「こいつにおごらせる目的があるから」

「いいなぁ」

ゆんはため息をついた。

「そろそろ帰ろ、ね」

花梨はそう言うと二人を促してレジに向かった。そして3人は自分たちの街の駅まで電車に乗って帰った。

駅で高上を見送り、ゆんと花梨はいつものバスに乗り込んだ。

「ゆん、吐き出したいなら言って」

「花梨…まだだめなの。もう少し待って」

「ん。わかった。気をつけて家まで帰るのよ?」

「うん、じゃまた明日!」

ゆんはバスを降りて家に向かった。

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