第50話 詩音が残して行ったもの

朝キッチンに行くとゆりがまだいた。


「あら、ゆん。今日は早起きなのね」

「なんか目さめちゃった」

「今日も花梨ちゃん来るの?」

「もちろん!お兄ちゃんの代わりに面倒みてるんだからって」

「あらあら、頼もしいわね。あ、そうだわ。ゆん、詩音に送りたいものない?ちょっと送ろうと思ってるのよ。お菓子とか、負担にならないものを。あちらのお友達も日本のお菓子くらいなら気軽に喜んでくれるでしょう?詩音がお世話になっているんだもの。詩音のお誕生日もあるからお誕生日プレゼントも入れるのよ。ゆんも何かあったら今日中に用意しておいてね」

「うん」


誕生日プレゼント…あのショッピングモールでのドタバタが思い出された。そうだ、あの時買ったピアス。お兄ちゃんいなくなっちゃってすっかり忘れてた。一緒に送ってもらおうかな。


スマホの着信音が鳴った。花梨だ。

「もしもし?」

「あー、ゆん!ごめん、今日急に親戚の家に行くことになっちゃった」

「うん、わかった。大丈夫だよー、わたしはちゃんと宿題進めとくー」

「明日見せて!」

「べーだ」

「なんだとー!」

「うそうそ。でも答え合わせならね!」

「ちぇっ。じゃ、また明日ね!」

「うん、ばいばーい」


そっか。今日は一人か。


ゆりも出かけたようで家にポツンと一人になった。いつも詩音か、最近は花梨が一緒だから、一人ぼっちはヘンな感じだ。


家の中は静かで、何の気配もない。


寂しいね。

寂しいよ、お兄ちゃん…


ゆんはなんとなく詩音の作業部屋に入ってみた。普段は用事のある時以外、入ることはない。勝手に入ったこともなかった。


いつも詩音が座っている椅子に座ってみる。座り心地の良い椅子だ。

「いつもここでこうやってモニターとにらめっこしてるよね」

椅子ごとクルクルっと回ってみる。

「時々お兄ちゃんもやってるよね」

思い出してにっこりする。

「モニターに色々貼り付けてあるなぁ。英語の走り書きもたくさんあるね」

指を伸ばして一つ一つ見てみる。理解出来ることもあれば、全く分からないこともたくさんあった。違う世界に生きてる人のようだ、とゆんは思った。知っているお兄ちゃんじゃない誰かのよう。お兄ちゃんの全てを知っている訳じゃないんだね。ゆんはもちろん分かっていても少し悲しくなった。


続けて指で貼ってあるメモを辿って行くと、モニターの下の方に他と違うメモを見つけた。スクショか何かをプリントアウトしたものらしく、印刷されたものを切ったようだった。ゆん、とあった。


ゆん

https://open.spotify.com/user/xxxx/playlist/xxxxxxxx?si=xxxxxxx


何これ?Spotifyのプレイリストのリンク?ちょっと待って。いつこのプレイリスト作ったの?非公開かな…。多分そうだ。お兄ちゃんフォローしてるけど、このプレイリストは見たことない。どうすれば…


しばらく考え込んでいたものの、ゆんはスゥッと息を吸い込んで深呼吸すると、詩音のMac Proのスイッチを入れた。オンのライトが点いた。お兄ちゃん、ごめん、どうしても気になる…。


良くないことをしていると分かりつつ、興味の方がはるかに勝っていた。Spotify確認するだけだから。他は一切触らないから!


Macは立ち上がったももの、そうだ、パスワードが必要だった。無理かな…少しだけダメ元で試してみよう。


ゆんはひとしきり考えつくものを入力しては弾かれるを繰り返した。


「あーあ、やっぱり無理だよね…」


もう諦めよう。最後にコレだけ…

Yun180203


「えw 嘘でしょ…簡単すぎない?まぁ日付けがヨーロッパ方式だけどさ」

ゆんは呆気に取られて吹き出してしまった。もちろん、これはひょっとしたらを想定した詩音がわざと設定したものであるということにゆんが気付いているはずもなかった。


立ち上がった画面を覗いて、ドックからSpotifyを立ち上げる。Spotifyのパソコンソフトは一度設定すれば再ログインを求められることはない。すんなり立ち上がった。ゆんは詩音のアカウントのプレイリストを見てみる。音楽を真剣にやり始めている詩音のアカウントには膨大な登録があったが、あまりにもシンプルな、それもひらがなの『ゆん』というプレイリストはすぐに目に留まった。


息を飲み込みながらクリックする。


全部竜人くんの曲だ…


清竜人のたくさんの曲の中から、ただただ魂が焦がれてヒリヒリするようなラブソングばかりだった。


ラヴ

ボーイ・アンド・ガール・ラブ・ソング

風もバラも蕾もぼくも

それぞれそれぞれ

All My Life

痛いよ

涙雨サヨ・ナラ

あなたにだけは


この曲全部知ってる、でもこの状況で、今歌詞を噛みしめると涙しか出なかった。


お兄ちゃん…うぅん、野々村詩音…ううん、そうじゃない、詩音…

ただの詩音が好き、他に何も無ければ真っ直ぐに詩音の胸に飛び込むよ…でもね、でもね…


ゆんはずっと泣き続けていた。

痛いほどにわかった…どうして詩音があんな行動に出たのか、どれだけ愛されているのかということは。

ただ、それが彼の純粋な気持ちであったとしても、それを受け入れることはゆんには出来なかったから、今こうして一人で泣いているのだ。


ゆんが解決するべき問題があった。


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