第44話 終業式の日

「やったー!!!夏休みだーーー!!!」


終業式が終わり、教室での先生の話も終わり、生徒は一斉に外に駆け出した。やっと待ちに待った夏休みだ。


「花梨!夏休み計画実行しなくちゃね!」

「だね、だね、明日からとりあえず午前中はあんたん家で勉強して午後は遊びまくろう!!!」

二人の話を聞きながら詩音はただ微笑んでいた。

「お兄ちゃんは夏休み何するの?」

「んー、まぁ勉強と作業かな」

「ふぅん、いつもと一緒かぁ。ね、ね、時々一緒に外に遊びに行こうよ!」

「そうだな」

ゆんと花梨はひたすらきゃーきゃー話し続けていた。

「あ、じゃぁ花梨、明日何時でもいいからうちに来てね!」

「あんまり早い時間は無理だよー。寝坊したいもん!」

「あはは、そうだね、うんわかった!じゃねー!」

ゆんと詩音はバスを降りる。


「楽しみなんだよ。花梨とね、水族館いったり、映画行ったりするんだ!」

「来年はしっかり勉強しなくちゃだから楽しんでおくといいよ」

「お兄ちゃんくらい勉強出来たらいいのになー」

「十分できてると思うよ」

「ほんと?」

ゆんは無邪気に話し続けていた。

夏休みに入ったという開放感がそうさせていた。


家に戻り、作業部屋に入った詩音は段取りを確認していた。

ゆんに気付かれないように、両親が帰った後挨拶をしてから空港近くのホテルに向かいそこに泊まる。ロス行きの直行便に深夜便はないので明日の午前中、チェックインするまでそこで過ごす。スーツケースなどはゆりが空港宅配便ですでに送ってくれていた。


「ゆん、ごめん…」


詩音はいつもと変わりなく夕飯を作り、ゆんと一緒に食べた。

ゆんは8月の詩音の誕生日のことも話していた。花梨呼んでパーティーしようねと言った。詩音は出来るだけ何も感じないよう努めていた。自然と返事が「うん」だけになっていった。


「お兄ちゃん?変だよ?」

「そう?」

「だってさっきから「うん」しか言わないんだもん」

「ちょっと考え事してて」

「そっか」


今日はそうか、土曜日だ。だけどわたしがやってないのにお兄ちゃん前髪分けてるんだ。土曜日イベント続けてくれてるのかな…


食後いつものように二人でコーヒーを飲む。

あの日のことが思い出される。ゆんは心苦しくなっていた。

「ねぇ、ゆん、今日はすこしだけ我慢しててくれる?」

「何が?」

そう言うと詩音は右手でゆんの左頬に手を添えた。

「手をどけようとしないで」

「う…うん…」

長い指が首筋を優しくたどる。

詩音の左指は優しくゆんの前髪を分ける。

そのまま左手も頬に添えるとゆんに顔を近づけた。

お兄ちゃん…もしかして…

ゆんは思わず目をつむってしまった。

それを見て詩音は微笑んだ。

しかし、詩音はゆんのおでこに優しくキスしたのだった。

「おやすみ、ゆん」

そう言うと詩音はマグカップを持って作業部屋に向かっていった。


居間に残ったゆんはさっき目をつむってしまった自分が恥ずかしかった。

何やってるんだろうわたし…ダメだって自分に言い聞かせてるのに…

どう思われたかな…バカね、ゆん…


そして部屋に戻ったゆんはさっき起こったことを何度も思い出しながら寝落ちてしまった。詩音の唇が触れたおでこはいつまでも熱く感じられた。


「詩音、行くの?」

「母さん、父さん、行ってくるよ」

「本当にいいのか?夏休みの間ゆんが寂しがるぞ」

「ちょっと頭を冷やしてくるよ。ゆんがそばにいると冷静になれないこともあるかもしれないから」

「そうか。何かあったらすぐ連絡するんだぞ。お前が行ったとわかった後、帰るまでゆんには連絡しないつもりなのか?」

「多分お節介なロスの友達がゆんに近況連絡しちゃうと思う。こんな形で行くから、俺から気軽に連絡は出来ないよ」

「そうか。しかし、ゆんから連絡してきたときはちゃんと答えるんだぞ」

「はい」

「タクシーを呼んだから、それに乗って行きなさい」


そうして詩音は家を去っていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る