第42話 修介ありえないほど腰をぬかす

ホイッスルがなった途端、身長が詩音より高い汐川がボールを奪った。詩音はすばやく汐川の前にまわり動きを止めようとする。しかし、百戦錬磨のスター選手から簡単にはボールは奪えない。すぐに1点取られてしまった。


さすがだな…久しぶりにこんなに強い人に出くわした。


一点いれると汐川はにっこり笑った。

詩音は勝つ!とつぶやいた。


高いところにボールが上がると取られてしまう、それなら出来るだけドリブルしながらかわして進むしかない。多分、俺のほうが動きは速いはずだ。冷静に考えると詩音は動き出した。ボールを手にすると、とにかく汐川に渡さないよう逃げ続ける。少々不利な位置でも入れられると思ったらシュートする。決まった!


だんだんヒートアップしていく二人。

ボールの奪い合いをしていたとき、詩音のキャップが汐川の腕の動きによって地面に落ちた。一瞬キャップに気を取られた汐川からボールを奪うと迷うことなく一気にゴール下まで駆け抜けてシュートした。


ゆっくりと落ちたキャップの場所までもどると、詩音はキャップを取り上げた。そして前髪をかきあげると、かきあげた前髪を抑えたまま今度は後ろ向きにキャップをかぶった。


ええええええええええ!!!!!!

修介はその光景を見てただ呆然としていた。

は???え???うそ?????????

ええええええ????

誰、あれ誰、あそこに立ってるやつ誰!!!

今誰かと入れ替わった???

んなことないよな、服同じだよな、同じキャップだよな???

あそこのくっそイケメン誰!!!!!!!!


「来たなー、久々に詩音の本気みたわ」

近藤がつぶやく。

「詩音がキャップを後ろ向きにかぶるときは本気だすぞっていうサインなんだよなー。滅多にないことだし、俺も前いつ見たかも覚えてないけど」

「え、ちょ、近藤さん!あれって詩音なんですか?」

「はぁ?詩音と汐川以外に誰がコートに立ってんだよ」

「…すよね、ですよね…でもあれ誰ですか…」

「詩音だって言ってるだろ!」

近藤はあまりにもとんちんかんなことを言い続ける修介に呆れていた。


コートの上ではまだ意地のぶつかり合いが続いていた。

あと1点取ったほうが勝ちだ。お互いに何度もゴール前でボールを叩き落とし、ゴール近くで小競り合いを続ける。汐川からボールを奪った詩音は無理かもしれないと思ったが、体をねじりながらゴールに向かってシュートした。ボールはリングに当たる。跳ね返るかと思ったボールはリングの縁をたどるとネットの中に落ちていった。


ピーーーーーー!!!

終了!!!


対決は詩音が制した。

がっつりと握手を交わす二人。

「君、ほんとうにバスケ本格的にやる気ないの?」

「他にやることがあるんです」

「もったいないよ」

「ここで続けますよ」

「そうしてくれ。時々遊びに来たくなると思う」

「はい。待ってます」

「今度は叩きのめしてやるからな」

「楽しみに待ってます」


笑いながら二人はコートからベンチへ向かった。


詩音はキャップをかぶり直した。いつもの詩音に戻った。


「お兄ちゃん!やったね!!!」

きゃー!!!といいながら、詩音にハイタッチをする。

「ふふ、おまじない効いたみたいだね?」

「お前のおまじないが効かなかったことはないだろ」

「ふふっそうだね。ゆんの万能おまじないだもんね!」

ゆんはひたすらニコニコしている。


あちゃー詩音先輩…おバカがみてましたよあれ…

そしておバカはおかしくなったままなんですけど…


「お、お、おい…詩音…」

「なに?」

修介はうろたえながら詩音の前に立っている。

「お、お、お前のイケメン説信じてなかったんだが…」

「イケメン説って何それ?」

「お、お、お前、ほんとにイケメンだったんだ…な…」

「何言ってんの」

「負けた…完全負けた…全てにおいて負けた…」

「負けたって何のこと?」

「いや、野々村詩音、お前にはまだなんかあるハズだぁぁぁぁぁ!!!」

そういうと修介は駆け出して行ってしまった。


「あーもう!あのバカほんとなんなの!ゆん、ごめん、わたしおバカの面倒みてくるわ。誘ってくれたのアイツだししょうがない」

「一体どうしたの、あの人」

「ま、一言で言えばおバカだから。なんとか落ち着かせてくるわ」

「わかった。じゃ月曜日またバスでね!」

「おっけー!」

そして花梨は修介の後を追いかけていった。


「ゆん、帰ろっか」

「そうしよ」

「先輩、帰りますね」

「おー。お前は今更教えてもらうこともないだろう。上手い選手と久々にやってみて疲れただろ」

「凄く楽しかったです。またやりたいです」

「僕たちもまた対決したいよ、野々村君。今日は僕たちも楽しかったよ」

「ありがとうございます。では失礼します」


「お兄ちゃんが勝つってゆんはわかってたよ」

「いや、ちょっと危なかったよ」

「ふふん、そんなときはゆんのおまじないが効くんだよ」

「そうみたいだな」

「早くかえろー!家に帰ったら前髪いじらせてね?」

「いいよ」

「ふふふ、さっきもちょっとハンサムなお兄ちゃん見れたけど。何年ぶり?あんなふうにキャップを反対にかぶるの」

「覚えてないな」

「ゆんのお兄ちゃんはやっぱり最高!」

ゆんは高揚した気分のまま詩音の腕に抱きついていた。見上げると詩音の顔があった。ゆんは幸せそうにニッコリ笑った。そこに不安な要素は一切なく、ただ素直に嬉しくて微笑んでいるばかりだ。詩音はそんなゆんをいつまでも見ていたいと思った。





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