第41話 土曜日のバスケ
広場に到着するとびっくりしたことに、花梨が声をかけてきた。
「ゆーーーん!!!やっほー!!!」
「え、え???どうして花梨がここにいるの?」
「それがさー、あのおバカが毎週ここでバスケやるからお前も見に来いってこないださ…」
「あーあの高上修介拉致事件のとき!」
「はぁ?何いってんのあんた!」
「みんなそう言って噂してたよ?」
「うそでしょー???」
「3年女子の恨みを買っちゃったのよ花梨は」
「はぁぁぁぁぁ?あんなおバカ男のせいでなの?ありえなーい!」
花梨はひとしきり憤慨していた。
「来てたのか」
詩音は修介に言った。
「俺、毎週土曜日参加することにしたんだ」
「そっか」
「今日は本気でやれよ」
「言われなくても」
そこに近藤竜が背の高い2人を伴ってやって来た。
「みんな集まってるな。紹介するよ。この二人は俺の大学のバスケ部でも優秀な二人。全国大会にもしょっちゅう出てるレベルだ。ここの話をしてたら、草バスケ懐かしいから見に行きたいっていうんで連れてきたんだ。超優秀選手だから、聞きたいこととかあったらぜひ聞いて取り入れてほしい。あとでちょっとした指導もしてくれるそうだ」
「近藤さん!凄いですよ!汐川選手と川谷選手ですよね?」
「そうだ」
「俺のあこがれの選手だぁぁぁぁぁ!!!」
「なになに、そんなに凄いのか?」
「スター選手っすよ!」
興奮した草バスケ野郎たちはわいわい言いながら二人を取り囲んだ。
「俺にはわかんないわ」
修介はひとりごちた。バスケ初心者マークである。
詩音はひとりストレッチを続けていた。
「まずは5対5でゲームやってみるか。それぞれのチームに汐川か川谷を入れるから、他の4人を二組選んでくれ」
なんとなく意見がまとまると、10人はコートの中に入った。詩音は川谷組、修介は足手まといになるからとことわったが、汐川組に入っていた。
ピーーーーーー!!!
ホイッスルとともにゲームが始まった。
始まった…のではあるが、ゲームとは言えなかった。
詩音と川谷のコンビが難なくゴールし続けるので、汐川ですらお手上げだった。
「ちょっと待ってくれよ。これじゃゲームにならないだろ?」
汐川が不満をもらす。
「そこのお前、ちょっとこっちのチームに入ってみて」
汐川は詩音に入れ替わるよう頼んだ。
「汐川、こいつすごいやりやすいぞ。試してみ」
川谷はそういって詩音をぽんと押し出した。
詩音が入れ替わって始まったゲームも同じことだった。
こんどは詩音と汐川のコンビがスルスルとガードを交わし、遠い位置からでも確実にゴールを決める。すばしっこい詩音は相手をくぐり抜けてレイアップシュートを決める。話にならなかった。
修介はコートの中で何も出来ずにぼーっと見ているだけだった。
「君、何ていうの?」
汐川が詩音にたずねた。
「野々村詩音です」
「バスケ部?」
「いいえ、ここでだけ」
「うそだろー!!!」
「バスケは中学のときにいくらかやってたんで」
「にしては凄いぞ君」
「ありがとうございます」
「近藤さんが上手いので、ずっと教わってました。テコンドー習ってたときの先輩なんです」
「そうなのか。近藤もテコンドー優先だからな。そうだ、ワンオンワンやってみないか?俺たちにも意地がある」
「はい。俺でよかったら」
「ちょいちょい、ゆん!先輩あの大学生たちとワンオンワンやる気みたいだよ!」
「みたいだね。勝てなくても多分互角には戦っちゃうと思う」
「は?うそでしょ。大学の花形選手だよ、あの人達!」
「お兄ちゃんはね、まぁ普通じゃないんだわ、色々と」
ふぅっとため息をつくゆん。普通じゃないって言ったら妹を好きならしいってのも普通じゃな……ばかばか!違う違う!お兄ちゃんはゆんのこと好きかもだけど、妹だからだって!何バカなことかんがえてるのわたしったら!
ピーーーーーーー!!!
まずは川谷と詩音の対決だった。
流石に大学の優秀なバスケットボールの選手は簡単にかわせる相手ではなかった。踏みとどまって体を左右に動かしながらどうにかスキを付いて一歩踏み出す、それが成功するときもあるが、さっとボールを奪われてあっさりレイアップシュートを決められる場面も多々あった。しかし点数はシーソーのように行ったり来たりで最後に詩音は無駄を省くかのように遠い位置からシュートして決めることを選んだ。
ゴーーーーール!!!
ピーーーーーー!!!
詩音が対決を制した。
川谷はびっくりしていた。
「最後そう決めるとはな。ある意味逃げとも言えるんじゃないかな?」
「でも勝たなくてはならないときは、意地とかカッコ良さは関係ないですよね」
「ははは、そうだな。君、面白いね」
「汐川、野々村くん手強いぞ」
「そうみたいだね。じゃ、僕ともやってくれる?」
「はい」
詩音はプレイした直後だったので、少し休憩を取ってと言われ、ベンチに座った。
「はい、お兄ちゃん。しっかりこれ飲んで」
タオルと一緒に用意してきたスポーツドリンクをゆんは渡す。
「久しぶりに見たよ、お兄ちゃんが本気出してるの」
「まだ本気じゃないよ」
「うん、わかってる」
「おまじないかけてあげよっか?」
「うん?」
ゆんは詩音の手を取るとなにやらブツブツつぶやき始めた。
「お兄ちゃんが怪我しませんように、かるーくかわして前に進めますように、遠くからのシュート全部入りますように、お兄ちゃんが勝ちますように!」
さいごにゆんは詩音の手の甲に羽が撫でるくらいのキスをした。
「これで大丈夫!」
これはゆんが昔からやっていることだった。何かこういったことがあると、おまじないと称して詩音を勇気づけていたのだ。ゆんがこれをやるのは本当に久しぶりだった。今、ゆんがこれをしてくれたことに詩音は驚いていた。
「驚かないで、お兄ちゃん。あんなことがあったからって、ゆんがお兄ちゃんの味方であることに変わりはないんだよ?でしょ?」
「ありがとな」
それだけ言うのが精一杯だった。
コートの中に立つ二人。
「楽しくやろうぜ」
「はい、もちろんです!」
詩音はかぶっていたキャップを気にならないように調整した。
そうして詩音と汐川の対決が始まった。
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