第40話 土曜日の朝

「ゆん、今日はイベント無し、な。昼からバスケ行く」

「うん、わかった。でもでも!帰ったら前髪だけはどうにかさせてね?」

「わかった、わかった。ゆん、一緒に行く?」

「もちろん!」

「そっか。じゃぁ準備しといて?」

「了解しましたっ!」


土曜日の朝、朝食を食べながら二人は話していた。お互いに、普通に話せてるよね?などと心の中で思いながら。

「今朝はお兄ちゃんが作ったの?」

「ん」

「だよねーこのスクランブルエッグの味お兄ちゃんの味だもん。お母さんのとちょっと違うんだよなー。それにもっとフワフワなんだ」

ゆんは無邪気においしー!を連発しながら食べている。

「お兄ちゃん作の朝食好きー!毎日だといいのに」

「俺に毎朝早起きしろと?」

「無理なのわかってるからたまにあるとありがたいのは重々承知しておりまーす」

「こいつ!」

あははと笑いながら二人の視線がぶつかる。

お互いに視線を外すことが出来なくなり、ずっと見つめ合ったままの状態になる。


…ゆん、何を考えてる?

…お兄ちゃん、一体どうしたの?


「はいはい、詩音、ゆん。なににらめっこしてるのよ。さっさと食べてしまいなさい!」


ゆりにたしなめられて、二人は慌てて残りを口の中にかき込んだ。


本当に困った子たちね。ゆりは流しから二人を遠目に見てつぶやく。詩音にまかせちゃって本当によかったのかしら。もっと早くにゆんに話しておくべきだったのかしら。

ゆりは心の奥でつぶやきながら二人が運んできた皿を洗っていた。


「じゃぁお母さん出かけるからね」

「いってらっしゃーい!」


ゆりを見送るとゆんはドタバタとあれこれやり始めた。何も考えたくないときは、何か他のことをしてそちらに集中すればいい。そうしてゆんは午前中、窓拭きや床掃除、洗濯、自分の部屋の片付けなどをしていた。


あらかた終わったとき、ふと、使われることのなくなっている二段ベッドの上が気になった。ゆんは階段を上ってベッドの上の部分に寝転がってみた。


お兄ちゃん…


そうそう、お兄ちゃんが高校1年でわたしが中学1年のときにこのベッドで寝るようになったんだよね。


天井にはポスターや詩音が覚えたいことであろう何かの英語のコピーやいろんな写真が貼り付けてあった。二人一緒に撮った写真もあった。ひとつは幼い頃二人で寄り添っている写真。もう一枚は、この部屋で寝るようになった頃、その小さい頃の写真と同じポーズで撮ろうと言われて撮ったものだ。


「懐かしいな…」


ゆんは体を起こして手を伸ばし、その写真を手に取った。貼ってはがせる両面テープで留めていたようですぐに剥がすことができた。

「お兄ちゃんやっぱりむちゃくちゃハンサムだよね。この写真撮るときは無駄になんかキメてた気がする。表情も優しいよね。こんなお兄ちゃんをあの日から見れなくなっちゃったよ…話をするのも難しいよ…」

はぁとため息をつくとゆんはその写真を天井の元の位置に戻した。ゆんはその写真の後ろに書かれていることには気付かなかった。


詩音は午前中いっぱいアメリカ行きについての詳細を父に提出するためまとめ、あとは様々な手配に没頭していた。


「大丈夫そうだな。パスポートもビザも前から持ってたし、航空券も抑えた。あとは行くだけ…」


自分がいない間のゆんについて心配はしていなかった。なんと言ってもあの花梨が一緒にいてくれるであろうから。ただ、その間にゆんが自分からさらに遠ざかってしまうのではないかと考えると不安で仕方がなかった。

「でも…やってみなくちゃわからないよな」

詩音は自分に言い聞かせ続けていた。



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